第2話 気まぐれな提案①

 その日の放課後。俺は帰り道の途中にあるファーストフード店に立ち寄っていた。


 平日の夕方でもそれなりに混み合っている店内、空いていたソファー席をどうにか確保した俺はその場にどっしりと腰を下ろす。


 そして、その向かいには──昼休み中に知り合ったばかりの女子、新倉安沙乃も同席している。


「ふう、暑いね〜。だけどこれからもっと暑くなるんだもんね、たまんないや」


「そう、ですね」


「あ、敬語なんて堅苦しいからやめてよ。普通にタメ口でいいよ?」


「そ、そう? なら、そうだな?」


「うん、ありがと。じゃあなに頼もっか、好きなの選んでいいからね? 遠慮しないで?」


「お、おう」


 そう促され、注文しにレジ前まで向かう。新倉も後に続いていた。


 ……西川天音の友達、新倉安沙乃。


 中肉中背の標準体型に整った顔立ち、栗色のショートヘア。客観的に見ても可愛いと言える部類だろう。パッと見素朴な感じはするが。


 てかほんと、何もかも言われるがままにここまで連れて来られてしまったわけだが、この後俺はどう接して何を話せばいいんだ?


 ヤバい、元コミュ障の不安癖が再発しそう。落ち着け、落ち着け、落ち着け……。


「ご注文は以上ですか?」


「はい大丈夫です。水瀬くんは先戻ってていいよ」


 レジ前の店員とやり取りする新倉に金銭の支払いを任せて、俺は元居たソファー席に戻って腰を据える。


 ……が、落ち着かない。そわそわしすぎて太ももに置いた両手の指先が無意識にタイピングをし始めるほどに。パソコンスキルはからっきし皆無だが。


 そうしてしばらくすると、注文した物をトレーに乗せて新倉が姿を見せた。


「お待たせ〜。はいバニラシェイクね、他に頼まなくて良かったの?」


「まあ、知り合ったばかりで色々奢ってもらうのはさすがに気が引けるし」


「えー、遠慮しないでって言ったのに。落ち込んでる水瀬くんを気遣いたくて奢ってあげてるんだよ?」


 うッ、あ、頭がッ……!


「あ、ごめん、ヤなこと思い出させちゃった?」


「……ッ。だ、大丈夫だ、問題ない」


「そう? ︎︎ならいいんだけど……よいしょっと」


 俺を見ながら再び向かいの席に着く新倉。


 ていうかよく見たらトレーに乗ってる皿の数多くないか? 1、2、3、4……4つ? 一人で4つも注文したのか?


「新倉さん、それ、色々何注文したんだ?」


「え? あ、えっと、アップルパイとチョコチュロス、あとパンケーキ。飲み物は水瀬くんと同じバニラシェイクだよ」


「そんなに食べて大丈夫か? この後夕飯キツくなるんじゃ」


「大丈夫だよ、デザートは別腹だもん。それに私あんま太んない体質だし」


「へ、へえ〜……」


 優に千キロカロリーは超えていそうな質量。無垢な見た目とは裏腹にとんでもない胃袋モンスター。


「先にアップルパイだけ食べちゃうね、出来たてが一番美味しいから」


「お、おう」


 頷くと、新倉は幸せそうにアップルパイを頬張る。


 ……可愛いな。いい意味で飾り気がなくて。自然体というか、目に優しい。


「水瀬くんも飲みなよ、溶けちゃうよ?」


「も、もちろん。じゃあ、有り難く」


「うん」


 何はともあれせっかく奢ってもらったんだ、ここは素直に頂いておこう。


 ストローに口を付けて吸うと、直後にミルクの濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。文句なしに美味い、夏場の火照った身体には最適すぎるな。


 なんだかんだ堪能しつつ見遣ると、すでに新倉はアップルパイを食べ切ってチョコチュロスに手を付けはじめている。いや食うの早すぎる。


「はぁ、美味しい〜」


「……甘党なんだ」


「女の子なら大抵誰だって甘いものは好きだよ〜。食べてるこの時間が一番生を実感するよねぇ〜」


「……はは」


 まあ、奢ってもらってる立場の俺がとやかく言うつもりはないが。


 で、結局新倉はチョコチュロスにパンケーキまですぐに食べ切り、バニラシェイクに口を付けたところでようやく落ち着きを見せる。


「繰り返しにはなるけど、天ちゃんが酷いこと言っちゃってごめんね。あの後私から強めに注意はしといたから安心して?」


「注意って、あの西川さんを相手に?」


「友達なんだし当然だよ。だってあのままにしといたら水瀬くん不憫すぎるもん」


「……」


 ……不憫。


 俺、頑張ったんだけどなぁ。


 けど、めっちゃ言ってたもんなぁ西川さん。顔も声も身長も髪も否定されるって、もうそれもはや俺の存在そのものを否定されてるようなもんだし。


「天ちゃん、悪い子じゃないんだよ? ただちょっと好き嫌いが激しいっていうか、いいものと悪いものをはっきり区別しちゃう性格っていうか」


「俺は、悪い方に区別されたってわけか」


「……そ、そうなっちゃうのかなぁ」


 嗚呼、無情なりこの世の中。


「はは、分かってはいたよ。俺なんかが西川さんの隣には相応しくないってことくらい」


「そんな言い方しなくても……私の目からすれば水瀬くん十分カッコいいと思うし」


「でも、西川さんからすれば俺は不相応だって思われたわけだ。……俺なりに色々、頑張ってきたんだけどな」


 ──入学式当日、新入生代表として体育館の壇上に姿を現したあの瞬間から、ずっと。


 一目惚れして、あの子とお近づきになりたいっていうその一心で自分磨きに奮闘する日々が続いて。


 たゆまぬ努力の末に掴み取れたクラスカースト上位の座。あの達成感がとても嬉しくて、今の俺なら何でも上手くいくんじゃないかって気がして。


 そうして、調子に乗って臨んだ結果が……このザマだ。


「天ちゃんにいい姿見せたくてずっと頑張ってきたの?」


「そうだよ。けど、真正面からあんだけ全否定されたらさ、さすがに心が折れるってもんだ」


「まあ、そうだよね。酷い仕打ちだったよね」


「はは。……思い描いていた夏の計画も、これで何もかも水の泡か」


 海水浴、祭りの屋台、夏の夜空に打ち上げられる花形の特大花火、街中でのショッピング、その他諸々……ああ、あの西川天音と回れていたらどれだけ幸せだったことか。


「夏の計画? なにか考えてたの? ずず」


「ああ、まあ……西川さんが俺の彼女になったっていうていで、海とか、祭りとか……そういう、夏の風物詩的なシチュエーション、みたいな」


「あー、なるほどねぇ。ずずず、ズコ」


 人が神妙な顔つきで話してる最中にバニラシェイクをしっかり飲み切る新倉。ちょっとは躊躇して。


「そうやって想像しちゃうくらい、水瀬くんは今の自分に自信を持ててたってことなんだね。うん、自信を持つのはすごくいいことだよ? その方が生き生きしてて周りからもいい目で見られるもんね」


「……はあ」


「あれ、落ち込んじゃった? あー、んー……こういう時どう声を掛ければいいかな〜……」


 いいんだ、ありがとう。その心遣いだけで俺は十分救われてるよ。


 失恋はもう過去の話、過ぎたことを今さらグチグチ言ったところで何も変わりやしない。


 前を向こう。なんせまだ高校一年目、運命の出会いならこれから先、いくらでも見つけていけるはず。


 そうだな、同じクラスの柳さんとかお淑やかっぽくて可愛いよな。なんなら今からでも遅くはない、明日の朝から積極的に交流を図ろうか──


「じゃあ私が天ちゃんの代わりになってあげよっか?」


 …………んえ?

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