第1話 理想と現実

「無理に決まってるじゃない、身の程弁えなさい」


 ……。


「わざわざこんな場所まで呼び出しといてどうくるかと思えば、西川さんが好きです、俺と付き合ってくださいって……何それ、今どきそんな古臭い定型文が私に通用するとでも思ったの? まあ私の靴箱にラブレターを入れて臨んでる辺りで何となく察してはいたけれど」


 …………。


 いやまあ、分かってはいたさ。


 いくら自分を磨いたところで彼女と俺はなんの接点もない他人も同然、こういう反応をされるんじゃないかってくらい、ある程度予想はしてた。


「そもそも誰よあんた。友達からならまだ分かるけど、それをすっ飛ばして見ず知らずからいきなり付き合ってくださいって。恋愛舐めてんの? 一から出直しなさい」


 そう、見通しが甘かったんだ。


 いくら格好が良くなっても所詮は恋愛経験なしの童貞風情ふぜい、今の俺ならできる、不可能はないって思い上がりすぎてたんだ。


 ああそうだ、都合よく事運ぶ漫画の世界とは異なる、現実リアルでの恋愛ってのを甘く見すぎていた。


 ……はは、こうなるのは必然的な末路ってヤツか。


「顔は好みじゃないし声もちっさいし、身長も170ギリギリ超えてるくらい? ちっさ、髪も何それ染めてんの? 茶髪? 似合ってないわよ気持ち悪い」


 けどにしたってそこまでボロクソ言わんくてもよくない?


 満を持して昼休み中に呼び出したこの場所、体育館裏。


 人目に触れず、俺と向かい合う彼女──西川天音は眉をひそめ、辛辣な言葉を吐き続けていた。


「あ、その、ご、ごめん……でもその、キミが好きだって気持ちを、どうしてもこの声で伝えたくて」


 せめてもの、この恋心が真剣で真っ直ぐなものであるとだけでも伝えたい。


 ずっと思い焦がれていた子からここまで言われてフラれる幕切れだなんて、そんな、あまりにも──


「私もう行くから、時間の無駄」


「えッ。そ、そんな、ちょっとまって」


「待つわけないでしょ未練がましい。私は暇じゃないの、キモいからそれ以上近寄んないで」


「あ、あ……」


「じゃあね、おバカさん」


 聞く耳持たず、入学当初からの想い人は俺に背を向けて非情にも遠ざかっていく。


 これまで積み重ねてきた努力が、集大成が……こんな、こうも呆気なく。


「……あぁ」


 ガクンと地に膝をつき、天を仰ぐように背から倒れ込む。


 サンサンと照りつける太陽の下、果てしない失意に呑まれる俺を嘲笑するかのように、四方八方から鳴り響くいくつもの蝉の鳴き声。


 今日の最高気温は30度超えだというのに、俺の身体は保冷剤のように冷え切っていた。


「……うぅ」


 ……終わった。


 これから輝いていくはずだった青春は、この一瞬で深く暗い水底にまで沈んでいってしまった。


「もう、死んでもいい」


 生きる気力を無くした。


 なんかもうすべてがどうでもよく思えてきた。


 キモい……そっかぁ、俺キモいのかぁ。


 いや、まあね? 自分が特別格好いいだとか、そんな厚かましいことは全然なんにも微塵たりとも思ってはないんだけども。


 けど、これはちょっと、いやすごく、いやものすごーく……めちゃくちゃ堪えるなぁ、と。


「はは、無様だな、おれ」


 無意識に乾いた笑いが込み上げてくる。


 生き甲斐にしていた子から見放され、こうして放心すればするほど身体中を包み込んでいく虚無感。


 青々しい夏の青空を見上げながら、己の無力さを痛感しながら徐々に遠のいていく意識。


 俺は、この場から抹消されたい一心で瞼をゆっくりと閉じていた。


「さよなら青春、グッバイ俺の初恋……」


 そう呟き、強い日差しに晒されながら、俺の魂は遥か高く天へと昇っていくのであった。


 さらば現世、こんにちは来世、願わくば異世界の銀髪美少女に生まれ変わりたい。あと強いて言えば種族はエルフで。


 高校一年目の夏、水瀬みなせ隼太はやた、齢15年の生涯──これにて完。









「あ、あの〜……大丈夫?」


 ────?


「気持ちは分かるけど、そこで倒れてたら熱中症になっちゃうよ? その、とりあえず一旦立った方がいいんじゃないかな、見てて心配になるし」


 ……誰だ?


 ジリリリ、ミンミンミーと辺りを包む蝉の鳴き声に突如混ざってきた、聞き覚えのない女子の声。


 けど、妙に耳にスッと入り込んでくるように柔らかくて、なんだか心も安らぐような……そんな声色。


「私で良ければ話聞くからさ、元気出してよ。あのあまちゃん相手によく勇気を出して告白したよ、頑張ったね」


 天、ちゃん?


 それって、あの西川天音を指して言ってるのか?


 プライド高いことで知られるあの西川天音を愛称呼び、加えてちゃん付けする人物だなんて校内ではごく少数……てか見かけたことないぞ。


 なんだ、何者なんだこの声は?


「水分補給でもする? 飲みかけだけどお茶ならあるよ? あんま冷たくないけど」


 呼びかけてくる声の正体がどうしても気になり、俺は重い瞼をゆっくりと開く。


 すると、すぐ目の前に映りこんだのは──倒れたままの俺を上から覗き込む、見覚えのない女子の顔だった。


「あ、起きた」


「……だ、だれ?」


「こんにちは、1年6組の新倉にいくら安沙乃あさのです。ごめんね、あなたが頑張って告白してるところ、物陰から覗き見しちゃって」


 見知らぬこの子、新倉安沙乃と名乗る女子は苦笑しながらそう言った。


「天ちゃんが昼食摂らずに外に向かってくのを見かけて、それでつい気になっちゃって」


「天ちゃんって、その呼び方」


「ん? えっと、天ちゃんは私の友達だからこう呼んでるんだけど……なにか変かな?」


「とも、だち?」


「うん。友達兼クラスメイト」


 迷いなく頷く新倉安沙乃、もとい新倉。


「確かに私は天ちゃんと比べたら影薄いし、可愛くないし、全体的に平凡だからあんま印象には残んないかもだけど」


「い、いや、そこまで自分を貶めなくても」


「でも実際事実だよ〜」


 ……なんか、どことなく気が抜けてるなこの子。


「まあ何はともあれ元気出して? 立てる? 必要なら私の手ぇ貸そっか?」


「だ、大丈夫、自分で立てるから」


 初対面にも関わらず温厚な善意に感謝しつつ、俺は上半身を起こす。


 そうして改めて向かい合うと、新倉は俺を見据えてクスッと笑みを零していた。


「天ちゃんが酷いこと言ってごめんね。あなたは何も悪くないし気にしなくていいから」


「あ、ああ、うん」


「お昼はもう食べた?」


「う、うん」


「そっか、じゃあ放課後時間ある? どこか部活入ってたりする?」


「き、帰宅部だけど……?」


「なら良かった、他に用事がなければ放課後私に付き合ってよ。労いの意を込めてお店のデザート奢るからさ」


「お、おお……?」


 な、なんだ、なんかすごいトントン拍子に話が進んでいくんだが?


 戸惑うそんな俺の胸中なんて露知らず、新倉は淡々と事を運ぶ。


「連絡先も交換しとこっか。はいこれ、LINEのQRコード」


「あ、は、はい」


 言われるがまま、されるようにされ。


「──ありがと。じゃあまた後で連絡するね、元気出してね?」


「……」


 何がなんだか分からずに、脳内の情報処理が追いつかないまま。


 怒涛の急展開に置いてけぼりにされる俺は立ち尽くしたまま、この場を去っていく新倉の背中を無言で見送るしかなく。


「……はぇ?」


 そうして俺は、西川天音という大きな失恋を代償に、新たに新倉安沙乃という一風変わった雰囲気を持つ女子と縁を持つことになった。

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