第4話 思い悩む

 帰宅した夜。部屋に戻った俺は途端に力が抜けて、本能の赴くままにベッド上に寝転がっていた。


 見慣れた天井を見上げている内に嫌でも思い返してしまうあの瞬間──


『無理に決まってるじゃない、身の程弁えなさい』


「決まってる、か。……はあ」


 そうまで断言されたらすぐには立ち直れない。


 この時間帯、普段は自分磨きの一環として筋トレに励んでいる頃合いだろうに、今日ばかりはとてもじゃないがやる気が起きない。


 なんせ、筋トレをするその意義を失ってしまったのだから。


「これからどーすっかなぁ……何もかも無意味に思えてきた」


 クラスカースト上位の座を維持するために、これまで他にも努力を積み重ねてきた学力、体裁、身の振る舞い。


 それら全てを今後も継続していったところで辿り着ける目標はなく、ただ、虚しさだけが募る……。


「知らない男と西川さんが……あー、そうぞーしたくねぇ」


 俺よりイカした筋肉質な男と笑い合い、手を握り合い、愛し合う──ダメだ涙で前が見えない。


 これまで全ての記憶を消し去るように頭から布団を被り、現実逃避するかの如く両目を強く瞑った。


『私の目からすれば、水瀬くん十分カッコいいと思うし』


「……」


『私が天ちゃんの代わりになってあげようかなって』


「……代わりぃ?」


 冷静に思い返せば思い返すほどこう結論に至る、何故そうなったんだと。


 俺を気の毒に思うからとはいえ、あまりにも思い切りが良すぎるだろ。


 なんの縁もない俺なんかのために──擬似彼女? ︎︎だったか。本当によくそんな面倒な役を買って出ようと思ったもんだ。


「可愛ければ誰でもいいってもんじゃ……けどなぁ」


 新倉に言われた通り、このまま何もせず無気力に呆けたまま迎える夏休みは……さすがにいたたまれないよな。


 一時的とはいえ、ここで新倉の案を呑めば女子と過ごす最低限の夏の青春は保証されるってわけだ。話してみた感じ、気さくな新倉なら付き合う相手として程よい相手になりそうだし。


 けど、本当にそれでいいのか?


 本当にこのまま、西川天音をすんなり諦めてしまって良いものなのか?


 これまでずっと目標にしてきた運命の相手だぞ?


 夏休みに入るまでまだ少し猶予はあるし……けどしつこい男は嫌うだろうし……。


 悶々としていたその最中──不意に、枕元に置いてたスマホから通知音が鳴った。


「……あ」


 手に取って確認すると、悩みの種である新倉からLINEで一件のメッセが届いていた。


『安沙乃︰これからよろしくね』


 と、シンプル且つ端的なひと文。返信しやすくて助かるな。


『隼太︰おう、よろしく』


 こんくらいでいいだろう、新倉もこれ以上のやり取りは望んでいないはず。


 などと思ったその矢先、


『安沙乃︰男の子とラインするの初めてだよ〜。あんま慣れてないからお手柔らかにね』


 予想とは少し違い好意的に接してきた。


 男子とのLINEが初めて、か。そう言われると悪い気はしないな。正直あの容姿なら男なんていくらでも寄ってたかりそうなもんだが。


『隼太︰そっか、了解。まあ特に気にせず気楽に絡んでくれていいから』


『安沙乃︰うん、そうさせてもらうね。ラインだと水瀬くん話しやすいね〜』


『隼太︰文なら落ち着いて話せるしそりゃな。新倉さんとは知り合ったばかりだからまだ気恥ずかしかったんだよ』


『安沙乃︰へえ〜ウブで可愛い〜』


「──ッ」


 ……男たらしの才でもあるんじゃないかこの子。


 ドキドキと速まる高鳴りをどうにか抑えつつ、俺は落ち着いて返信する。


『隼太︰今日は色々とありがとう。奢ってもらったり話に付き合ってもらったり』


『安沙乃︰ううん気にしないでいいよ〜。少しでも水瀬くんの気が楽になったみたいで良かったよ。明日学校来れそう?』


『隼太︰大丈夫。気持ち切り替えて明日顔出すよ』


『安沙乃︰よかった〜』


 文面でも感じとれる新倉特有のふわふわ感。なんていうか、上手く言えないけどすげえ落ち着く。


『安沙乃︰水瀬くん1組だったよね、時間あったら私顔出しに行くよ〜』


『隼太︰おう』


『安沙乃︰じゃあお休み〜』


 唐突だなおい。


 だがまあ、変に長引くよりかはこうしてもらった方が有り難いか。


『隼太︰お休み』


 同じように返信すると、既読がついてからもそれ以降のメッセは受信されなかった。


「……ふう」


 女子とのLINEは慣れてるつもりだったが、存外気張っちゃうもんだな。


 俺は再び仰向けに寝転がると、そのまま何も手付かずのまま、目を瞑って今日一日分の疲労回復に努めていた。

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