第13話 闇落ちの原因

 家出の原因と一口に言っても、積み重なったイライラが限界に達したとしか説明しようがない。言うことを聞かないアートの件とか、ひたすら自由人な伯父さんとか、今までの常識が崩壊する出来事の連続とか、ダラダラ続く家庭内不和とか……。でもトドメとなったのは、明らかに祖父母の件だと思う。


 まず誤解しないでもらいたいのが、父方の祖父母は別に悪い人たちじゃない。ただ俺の感覚として苦手な部類に入ってしまうのだ。

 小さなころから悪気なく余計な言動をするタイプだとは感じていた。俺がまだ習い事を何もしていないと知ると、生活が苦しいのかと子供のいる前で堂々と聞いてきたり。

 原田家側からの年賀状が届いたという話の流れで、「毎年マメなご両親ね」なんて褒めながらも字の下手さを笑っていたり。

 家に来たご近所さんとお喋りしていて、その家の誰かが進学したと聞くと、おめでとうを言いつつ「でもあの学校って昔……今はもう大丈夫なの?」なんて過去の不祥事を引っ張り出したり。心配しているていで流れるように悪口を混ぜ込んでくるから厄介なのだ。

 今の家で同居を始めると伝えた時も、「そうなの。忙しそうね」のあとに、この周辺一帯の利便性の悪さをしっかり混ぜ込んできたらしい。「早く言ってくれれば、こっちで同居してくれても良かったのに」だってさ。



「……あの、みなさん。大丈夫ですか」


気づいたらその場の全員、とてもにがそうな顔をしていた。もらった飴がマズくてびっくりした時の空気に似てる。


「この辺で終わりにしましょうか」

「ううん、最後まで聞かせて。途中でやめられると後味悪いし」


平井さんがそう言うので、とりあえず続きと行こうか。




 そんな感じが七村家の祖父母。大した内容じゃなければ聞き流すんだけど、今の我が家にはとてもデリケートな話題が発生していた。俺の事故だ。

 まず初めは「心配だから」という口実で、いつ・何が・なぜ起こった・今どうなってる・治る見込みは……みたいな詳細を根掘り葉掘り聞いてきた。入院中に何度かお見舞いに来てくれたこともあったが、そんな誰もが気をつかう話題を、あろうことか俺本人に直接聞いてきたりする。大人がいないところで話をはじめるからタチが悪いのだ。さすがに母さんがドン引きしたので、見舞いは断るようになった。リハビリが忙しいという断り文句を今でも信じているんだろう。

 退院して日常に戻ったころ、父さんからの話で車椅子に乗っていることを知ると、「そろそろ歩けるようになった?」なんて聞いてくるようになった。歩けるなら頑張って歩いた方が良いという考え方らしい。これは医者とも話し合って決めた生活で、リハビリはちゃんと続けていて、家の中や短距離の移動は自力で歩いていて……という説明をすれば納得してくれるのだが、最後にはやっぱり「早く歩けるようになるといいね」で締めくくる。

 そして性格のせいか年齢のせいかは知らないが、自分の発言をすぐに忘れるらしく、ことあるごとに同じことを言ってくるのである。

 俺としては言われるのが嫌というより、無遠慮な話題で場の空気が凍り付く瞬間が嫌なのだ。あれは何度体験しても慣れるもんじゃない。その場にいる人々を凍り付かせた後、本人たちだけは何も気づかず食事を始めたりするのだから困ったものだ。

 で、そんな祖父母を通して俺の話を聞いているせいだろう。他の親戚たちの思考も引っ張られてしまうのか、頼んでもいない杖なんかを送ってきたりする。そして俺は欲しくもないプレゼントのお礼に電話をしなきゃいけない。……やめてくれよ。





「そんなわけで、いい加減会いたくないんですよ。父親も分かってるはずなんですけどね。どうも『高齢の親に孫の顔を見せない訳にはいかない!』って思っちゃうらしくて。……まあ、そんな感じです。俺の限界が来た理由は」


 話し終えたときには全員が下を向いていた。誰も手と口を動かしていないし、食べかけの菓子類も減っていない。


「あの、何かしら反応もらっていいですかね。ソワソワするんで」


気まずい目配せが飛び交ったあと、勢いよく鈴花さんが手を挙げた。


「はいっ!」

「はい、鈴花さん」

「言い出しっぺの鐘花、感想をどうぞ!」


横流しかい! という全員の脱力。でも鈴花さんのおかげで、誰も動けない呪縛は解けた。空気も軽くなった気がする。


「ええ、私? そうだなぁ……まず七村君は、遠慮なく暴れていいと思った」

「賛成!」

「さんせー」

「よく言った、妹よ!」


えっと、俺の味方をしてくれたってことで良いんだよね?


「てかさー、よく母ちゃんも付き合ってあげてるよな。義理の実家とはいえさー」

「たぶん母親としては、自分の両親とは一緒に住んでくれてるから……っていう引け目があるんだと思いますよ。だから向こうの両親にも会ってあげなきゃ、みたいな?」

「ああー」


最後の一声は全員参加の和音になった。



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