第12話 経験値

伯父さんが盛大に拍手した。


「賛成だ! あれ困るよなぁ」

「届かないなら戻ってきて欲しいですよねぇ」


二人して納得の顔しないでよ。どれだけの人に迷惑かけたと思ってるのさ!


「この場合、誰が悪いんですかね」


俺の呟きに神崎さんが拳をプルプルふるわせた後、伯父さんにビシッと指を突きつけて宣言した。


「返信が来たかを気にしなかった原田君が悪い! 社会人の基本は報・連・相、『内容承りました』の確認までが連絡よ!」


妥当な結論だと思います。

 こうして一つ片付いたところで、俺たちはせっかくの外泊を楽しむべく、途中で買いこんだ菓子やら何やらを広げ始めていた。伯父さんは別室に連行された。さすがに可哀想だと思ったのか、高坂さんが「餞別あげます」なんてキャラメルの箱を渡してたし。

 その高坂さんは今、鬼上司に捕まった博士のことなど忘れたかのように、駄菓子を漁っては口に放り込んでいる。


「花火なんて買ったっけー?」


袋から花火セットが出てきたらしい。花火か、しばらくやってないなぁ。


「それは俺が買ってきた。居酒屋に向かう前だな」

「いまどき、どこも花火禁止だよー」

「知らん。ただ花火の気分だった!」


さすがは後藤さん。なんか納得。


「ウチの近くに気の早いコンビニってのがあってさ。今年も六月に入ったと同時に売り出したんだぞ。買いたくもなるって」

「梅雨まっしぐらじゃん」


気の早いコンビニってなに。


「店長が花火好きなんじゃねー?」

「七月になれば『月見団子入荷しました』って張り紙してるし、毎年八月にはハロウィングッズが並ぶ」


確かに気が早い!


「その店、経営大丈夫なのー」

「地域密着二十年だ!」

「愛されてるぅー」


使いどころのない花火をしまおうとした後藤さんだけど、それを横から伸びた手が奪った。鈴花さんだ。


「ふっふっふ、昨今の少年たちは諦めが早いなぁ。駐車場あたりで線香花火くらいできるっしょ!」

「お姉ちゃん、下手したら警察呼ばれるからね」

「じゃあ研究室の流しで我慢したげる」


庄野さんがギョッとして首を伸ばした。すごく亀っぽかったよ。

 俺はなんとなく会話について行けなくなって、さっきから黙って聞く側に回っていた。言えることが無かったからだ。そしたら適当に詰めあわされた駄菓子の袋が目の前に差し出された。後藤さんがニカっと笑って、早く選べと袋を振って急かしている。


「元気ないじゃないか、本日の主役。それとも眠くなったか?」

「ものすごく目は冴えてるんですけどね」


自然と円陣を組むように座っていた一同をぐるっと見る。


「この数時間で、みんな遊び慣れてるのが分かって。なんか……すごいなと」


何がどうすごいのかは上手く言えない。ただ俺とは経験値のレベルが違うと思った。


「外泊するための嘘を用意してあるとか、そこに迷いがないとか、普段からやってるってコトですよね。それぞれが息抜きの方法を知ってて、上手に使ってる感じ? それを俺だけが持ってなかった」


だから今日になって突然、ため込んだものに限界が来た。こまめに発散することが出来ずに、爆発を起こして大事おおごとにしてしまったのだ。

 当然ながら室内は静かになった。……二秒だけ。


「もぉぉー、キミは真面目だなぁ! お姉さん涙出そうだわぁ!」


鈴花さんが頭を撫でてきた。本当に遠慮が無い……というか、グリグリ上から潰しにかかってない⁉ 首から変な音してる!


「お姉ちゃん、七村君が潰れるって」

「あ、ごっめん。大丈夫?」

「はぁ」


俺は首の後ろをさすりながら姿勢を直した。高校生二人は何事も無かったかのように、それぞれスナックの袋を開けて食い漁っている。


「樹生君は正しいぞ。家から脱走してる俺たちの方が不良なんだし」

「そーそー。普段から我慢してる人こそ凄いんだってばー」

「模範解答ですね」


ああ、今日はもうダメだな。すっかり毒を吐く癖がついてて、一回寝ないと治らないやつだ。失礼なこと言ったな……と思ったけど、気にせず会話は続けられた。


「こういうのって、ないものねだりだからさー。俺たちからは樹生の方が良く見えるし、樹生からは俺たちの方が良く見えるんだよ。だからって何か変われるわけでも無くない?」

「まあ、確かに」

「じゃあ、もう考えても仕方ないな! また好きなだけ溜め込んで、次はもっと大爆発すればいいさ。で、俺たちがまた便乗して楽しむ」


どういう理屈? しかも恭太郎まで頷いてるし。


「今度こそ誘えよ。抜け駆けしたら罰ゲームな」


本当に大爆発したら、誘ってる余裕もないと思うんだけど。

 そこでバリっと響く音がして、煎餅を半分に割った平井さんに注目が集まった。


「この流れで聞いていいかな。家出の原因は何だったの?」

「やっぱりそれ、聞きたい感じ?」

「うん。すごく聞きたい感じ」


ですよね。みんな口には出さないけど、本当はタイミングを計ってるんだろうと思ってたよ!


「先に言っておくと、ものすごく大したこと無いので」


さて、どこから説明したものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る