第5話 『会長は微笑む。時々、戦闘態勢で。』

 奈々の言葉の余韻が、制服の襟にほんのり残っている気がした。


(……なんだよ、あれ。反則だろ、あんな顔)


 そう思ってるうちに、いつの間にか足が生徒会室の前に着いていた。ドアの前で深呼吸を一つ。


 気を引き締めてノックすると、すぐに中から声が返ってきた。


「入っていいわよ、風間くん」


 静かで、透き通るような声だった。


 ドアを開けると、神崎レイナ――うちの学校のカリスマ生徒会長が、書類の山と格闘している最中だった。


 長い銀髪を軽くまとめ、無駄のない動きでペンを走らせている彼女は、まさに「絵に描いたような完璧な美人」だ。そして俺にとっては、やたらと距離感の近い人でもある。


「コピーの件だけど……あ、済ませました」


「ありがとう。助かるわ。風間くんって、ほんと頼りになるのね」


「そ、そんなことはないです」


 慣れたはずなのに、こうして褒められるとやっぱり照れる。なのに、神崎会長はにこっと微笑んで、さらに追い打ちをかけてくる。


「この前も言ったけど、生徒会に来てくれて本当に良かった。風間くんみたいな人がいると、空気が和むのよ。私……つい、頼りたくなっちゃう」


 それを、ちょうどドアが開いた瞬間に言うのは反則だと思う。


「へえ。空気が和むんだ?それは知らなかったわ」


 奈々だった。


 どうやら、さっきの話じゃまだ終わっていなかったらしい。


「……あら、藤崎さん。いらっしゃい」


「どうも、生徒会の新メンバーとして、今日からお世話になります」


 微笑みながらも、二人の間に一瞬で火花が散ったのが分かった。


 俺の脳裏には、赤と青のエフェクトが交差する謎のBGMが流れ出す。


「藤崎さん、風間くんとは随分仲がいいのね」


「幼なじみですから。彼の変なクセも、朝の寝癖の方向も、全部知ってます」


「ふふ……それはすごい。でも、最近の彼のことは私のほうが知ってるかも。生徒会の仕事を一緒にしてると、いろんな顔が見られるから」


(ちょ、やめて!?)


 言葉の裏にある微妙な攻防戦が、俺の心臓を激しく締め上げる。


 神崎レイナと藤崎奈々――冷静沈着な会長と、鋭く直感的な幼なじみ。


 ……なんで俺、こんな修羅場の真ん中にいるんだろう?


 その日、生徒会室の空気はいつもより2割ほど重たく、3割ほど甘く、そして5割ほど危険だった。

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