第8話:パジャマ姿の待合室
「ねー、なんですかあの子?ねえ誰か待合室で患者をおいて忘れたの?」
「知らないぃー」
病院の廊下を通る過ぎる看護師二人はある人をみてヒソヒソと陰口を言う。そんなバカにされている女の子はなぜか可愛いパジャマ姿のまま怒っている雰囲気を出しながら病院のロビーに居座っている。長い髪の毛はふざふざで、眉根は異様にビクビクとしている。脱院したメンタル患者のようにしか見えない。
「病院丸ごとぶっ飛ばしたいですね」
なんて、どうみても常人の発想するものじゃない。
「あら、変な人がロビーにいると聞いて、カミラ先輩だけだったじゃない。相変わらず怒っていると顔が怖いね、患者たちや看護師も怖がっているわよ?」
「うげっ、エレナですか」
見つけたくなかった人に見つけられてしまった…
「どうしてこんなところに?しかもパジャマで?言っておくけど金は出さないよ?患者たちに商売をするのも流石にダメわ」
私をどんな人と思っているんだ、この人?
「そういえば、『闇の小魔女は活動を停止していると見える』と報告を受けたわ。カミラ先輩はやっと不法のポーションを諦めてくれたの?それともバレない手段でも見つけたの?」
「なんなんですか、そのあだ名は」
闇ともなんの関係もないうえ、私は小さくもない。
「でもそうですね、面白いプロジェクト見つけましたので、しばらくパブリックとの商売活動は停止しています。ここの患者たちとも商売する気はありません。
「おや?そう?」
思ったのと違う返事が来て、エレナは目をパチパチする。
「そのプロジェクトに関して詳しく聞きたいところだけど、なんだか嘘臭いわね、先輩」
「嘘もなにもないですよ、私はただ知人の為にここで待っているだですよ」
「うそー!?人嫌いのカミラ先輩は恋人とかできちゃうなんて!?」
「恋人違います」
「友達」
「少し違いますね」
「知り合い?」
「違います」
「ならなに?…家族とか?」
「惜しいですね、宿敵です」
「おっ、おぉ…?」
エレナは可哀想なものを見る目で私を哀れむ。なんで?
「なに言ってんだ、お前?」
「あっ、やっと終わりましたね」
シャツはまだ血塗れだけど、顔色が戻ったピンピンなゲールが現れる。
「待ったなくていいといっただろう」
「死にかけてたんですよ?待ったない方がおかしいです」
バカ?
「大袈裟だ」
「現実逃避ですか?せめてお礼くらいは言ってくれましたら?」
ここまで運んでやったのに!それとポーションで筋肉を無理矢理したせいで体痛っ、重っ。久しぶりに運動していない上に、いきなり四時間も運動したみたいなダルさだ。
「マリーちゃんがいて、あなたが幸運ですね」
おかげで私は彼にカフェで止まる事になった。そんな事が起こらなかったこのバカを助ける人なんていなかったでしょう。
「当たり前だろう」
「あの君たち…!」
存在が薄れてしまっていたエレナはやっと言葉を入れるタイミングを見つけた。いつまでも喧嘩を続けるつもり?患者には迷惑だけど…?などと結局私たちを叱られてしまった…
・
「エレナ様、どうもありがとうございます。あの人たちはどうしようかと迷っていたので」
病院の受付さんはお辞儀をして、迷惑な人たちを追い出したエレナに感謝を述べる。
「まあ…騒がしいと私も思ったので、気にしないでいいわ」
私とゲールのやりとりは始まるとしばらく止まる事はない、横から見ていたエレナにもすぐそれがわかった。いくら大好きな先輩との数少ない会う機会としても、あれはどうみても周りには周りを気にしなさすぎだ。
「ところで…あの男のファイルにアクセスできるの?」
「あの男ですか?そうですね…エレナ様なら問題ないと思いますが…」
受付嬢は隣のあるファイルの束に指を通しながらゲールの名前を探す。
「あの男は、みた事があるのよね…」
エレナはどうしてもそう思う。デジャヴ?あるいは気のせい?
「あ!これです!ゲール・アルチボですね!どうぞ」
「ありがとう」
ふむ…どれどれ、とエレナは慣れた手付きでファイルのページを捲る。
「…なるほど、先輩は依然として面白みの磁石ね。本人は気づいていないでしょうけど」
これはフォローアップをしないと自分も大きなチャンスを見逃す…
・
「ねえーあんた、今日マリーちゃんいないの?マスターは?」
「すみません、今日は店のマスターと一緒に買い物に出かけてますので、しばらくの間はいないかと」
「ちぇ…」
「ですが簡単なものなら私は用意っ」
「じゃあ後で戻るわ」
「…そうですか」
ゲールのカフェの留守番をやっていた私はこれで今日の四人目の客と対応する。彼女は前の三人と同じく、店にいるのは私だけとわかった途端、外へと踵を返した。
「マリーちゃんどこ?とか、マスターいないの?とかばっかりですか?私を気に掛ける人はいないませんか??…」
営業時間では殆どマリーのフォローアップや管理をしている私だけど、これほど目だていないと思わなかった。
「マリーちゃんは今のマリーちゃんとなっているのは私のおかげでもあるですからね!」
ふん!っと。
ゲールも素材集まりで頑張っているおかげでもあるけど、今のマリーちゃんは会ったばかりの彼女と比べて雲泥の差がある。最近は更に自分の意思で行動している事が多いし、私の手伝いがなくても店で人の注文を受ける事に大体慣れてきた。
だがマリーちゃんとは反対に、ゲールは毎日より弱くなってきている気がする。聞く度には大丈夫だ、とか、お前の気にする事じゃない、とかだけど…
病院に行ってからたった三週間だ。あれから彼は毎日のように酷い咳をして、血を吐いている。それでも彼は今のように、マリーをマーケットに連れていたら、店で働いたり、などと無駄に努力している。
いくら彼の事が大嫌いだとしても、みてはいられない。正直不安で、私の睡眠にも影響を与えている。
ディングディングディングっと店の玄関に垂らされている鈴ねの音は鳴り響く甲高い音は睡眠不足の私の脆い意識を襲って、背筋が震わせる。
「い、いらっしゃいまあ…」
この人は…なんで…
「帰ってください」
「あらら?目の前に自分の先輩が可愛いメイド服を着ているのに?」
「閉店しています、帰ってください」
「もうすぐ昼頃よ?寧ろこれからは忙しくならないの?」
私の冷たい対応に構わずエレナは勝手に客の振りをして、テーブルの一つに寛ぐ。
どうしてこんなところに私がいるとわかったの?
「帰らないならせめて要件を言ってください、私は忙しいので」
「客一人もいないのに?せめてお茶くらい出してくれない?勿論金は払うわよ?」
「あなたの金なんていりません」
「あら?そう?」
私は茶葉を棚から拝借して、慣れた動きでお茶を淹れる。
「…?」
「なんですか、お望みのお茶でしょう?なにか不満ですか」
本当にお茶を淹れてもらうと思わなかったのか、エレナは訝しむように、上目遣いで視線を送る。
「毒は…入っていないよね」
「飲めばわかるでしょう、そんなの」
「…」
どうぞどうぞ飲んでみて。
「やっぱり結構わ」
「迷惑なお客様ですね」
帰ってもくれないし、注文の飲み物にも手を付けない。
「じゃあ早速は帰ってもらいませんか?」
「待って待って、気まぐれでここに来たわけじゃないわ。先輩に聞きたい事がある」
「聞きたい事」
私はあんたと話したい事なんてないけど…?
「先輩はゲールという男に関してどれくらい知ってる?ここにはいないみたいわね?もしかして二階に?」
…は?
「…なんであなたがあの人の名前を」
「いいから答えて、別に悪い事じゃないわ」
ふむ…ゲールに関して知っている事…
「別に何も知りませんね。彼は頑固で、性格が悪くて…」
素直じゃない上に、自分の健康なんてまるで考えていない。
「先輩…性格は悪いのは彼だけじゃないな気がするけど…」
「で?エレナはなんでゲールさんの事なんて知りたいですか?」
口は動いていたのに、エレナの言葉は私の耳まで届かなかった。不思議ね。
「先日、私の病院にきたでしょう?」
「あっ」
まさか、その時にゲールの情報を…
「患者のプライバシーを侵害するなんて、エレナらしくないですね」
「ほーんと、先輩が周り者に悪い影響ばかり与えているからね」
ん?私のせい?
「彼が掛かっているのは魔血症、遺伝病よ。直すのもほぼ不可能。彼の両親も何十年か前同じ事で亡くなったらしい」
エレナは私の作ったお茶を観察しながら、安閑とゲールの病気を告げる。
「あの様子だと彼から聞いていなかったわね?」
「…そうですけど…魔血症ですか」
「わかる?」
「分かりませんね」
「はぁぁ…」
エレナは溜め息を零して、椅子にもたれる。
「先輩は医者にならなくて本当よかったと思う」
「そこはもういいですから」
さっさと説明して、毒舌の医大なる医者様。毎回毎回見下ろさなくても。
「彼の体が魔子の制限をどんどんできなくなっている。そのせいで血に溢れている多くの魔子はお互いとぶつかり合って、暴れる。ある意味では今の彼は手足を付いている時間爆弾」
エレナは僅かな笑みを浮かべて、グロい解説をする。
「事実を述べただけわ」
と主張するエレナだが、少し面白がり過ぎ。
「ゲールを研究したいでしょう」
「先輩はわたしの事わかっているわね」
嬉しい、とエレナは喜ぶが…実験台を見つけたこの子は一番怖い。そうしてダメに決まっているけど。
「なるほど…」
「ちなみにわたしの予測だと、彼が魔子でオーバーロードするまで一年弱ね。運がよかったら」
「いやいやそれは私ではなく、本人に言うべきなのでは?」
「彼ならもう病院で看護師から聞いたはずよ?先輩も知っておくべきと思って伝えにきただけ」
「なにも知らないままの先輩の前で彼が急に爆発してたらトラウマとなるでしょう?彼も自分の事をあまり喋らないタイプっぽいしね」
それは…うん…まあそうだけど…
「ああとこうも言えても、彼は先輩の友達でもあるでしょう?彼の命はもう自分のものだけではない」
人が死んだ時に周りも痛む。医者であるエレナには誰よりもよくわかっている事だ。にしても…
「スビの心は毒だけじゃなくて、なんだかよかったですね」
「先輩には言われたくないけど、ちゃんとした医者としての務めだわ」
言い方悪いね…免許なしでポーションを売っていたのは確かだけど。
「…」
でもそうか…あの人には一年弱くらいしか…それを知りながら私からずっとそれ隠して…
私たち…?
「あれ?マリーとはどうするつもりですか?」
寧ろ、なぜ自分はもうすぐ天に迎うと分かって、マリーみたいな大型プロジェクトに手を掛かる?私にも手伝いの依頼をして…
一年しかなかったら私は…
「銀行からでも強盗すると思いますが」
「先輩?」
勿論冗談だけど。
…
「エレナは終わったら帰っていいですよ。情報ありがとうございます、お茶の代として取ります」
「え?先輩、どこにいくの?わたしにはもう一個に話したい事が!」
「ダーメ。働いたいたプロジェクトにはたった今、新しい締め切りが着きました。エレナとペチャクチャする暇はありませんよ」
相変わらずゲールの頭の中はどうなっているのかわからないが、彼はマリーの完成の望んでいるのなら私も死ぬ気でやるしかない。
「もう…先輩たら…」
どうせ杞憂だからいいっか…と私が家の二階へと消えるのを見送って、肩を竦める。今日はこれで暇とするしかないか。
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