第16話 コンテンツを楽しむための教養

 2025年9月、芸能界では某若手女優さんの『3股疑惑』で燃えているようですが。


 その疑惑の中で、「お兄ちゃん」呼びはやはり怪しいという声で盛り上がっているようです。


 そのうちの記事を一つ呼んだのですが、「お兄ちゃんのような」とか「妹だから」とかエクスキューズをつけることで、恋愛じゃないですよという無害な顔で近づいて、結局恋愛に持ち込むあざとさが鼻につく、と解説していたのですが。


 まぁ、今の世の中だとそう思うのも全くありだろうな、とは思うのですが。


(が、が多いな。それだけもやもやしてると思っていただけると)


 いやいや、文章のプロである記者さんが本当にそう思って書いているわけじゃないよね?とふと、不安になったわけです。


 わかってたうえで、今の時代だから「兄妹」に仮託して恋愛を偽装する、と書くのはもちろんありです。でも。実はわかっていないのだとしたら、文系の職業についている身としては教養が足りないのでは??と思うのです。


 ご存じの方は、以下のURLのところまで正直蛇足です。読み飛ばしてください。


 兄、というのは、古代は「愛しい男性」と言う意味で使います。

 多分、中世~戦国時代ぐらいまではそうなんじゃないかと思います。少なくとも短歌で「兄(読みは『せ』が多い)」とあれば、ふつう愛しい人です。読みが同じなので、兄は背に漢字が変わりますけどね。


 兄に対応するするのは、「妹」です。

 なので「妹背(妹兄)」と書いた場合は、「夫婦」っていう意味です。

 背の君:https://kotobank.jp/word/%E8%83%8C%E3%81%AE%E5%90%9B-548685

 妹背:https://kotobank.jp/word/%E5%A6%B9%E8%83%8C-436090


 つまり、「お兄ちゃんだから」っていうの、それ実は全然偽装じゃないです。れっきとした「愛しい人」っです。

 今の世の中、兄にはそういう意味が内包されている、と言う事実はだいぶん薄まってきていますので、一般的にはもう知られてないよ、と言うのはしょうがないかと思うのです。言葉とは生きているものなのでね。

 でも、記者は言葉を扱ってご飯を食べているのですから、この古きよき言葉の流れをわかったうえで書いてほしいな、と思うわけです。

 とってもマニアックな話じゃないからね。高校教科書レベルの古文とか、百人一首やっていれば知識として持っていることだと思うので。


 で。

 ちょうど同時期に、中国ショートドラマを見ていても、「兄とは愛しい人の意味がある」問題に気がついていまして。

 これ、Xでもちょっとつぶやいたので知っている方は知っているかもですが。


 私は中国語はわからないので自信はないのですが、ドラマを視聴する限り、どうも中国語でも「兄には愛しい人の意味がある」ように見受けられます。


 主人公女性の婚約者とか彼氏に、敵役の女性が「おにいちゃ~~ん」と言って甘えるシーンがあります。で、主人公とか、主人公の親友とかが、「あんた人の婚約者(彼氏)になに甘えてるのよっ」と怒ると、「だって(愛しい人の意味のない)お兄ちゃんなんだもん、甘えたっていいじゃない~」みたいなやり取りをするわけですね。

 甘えなくても、従妹とか遠い親戚筋でも、親が決めた婚約者で出てくる娘は、結構「〇〇兄さん」と呼んでいます。つまり、遠回しに私は婚約者と主張しているのです。


 つまりあきらかに、兄には「愛しい人」の意味があるのがわかってて、イラっとさせるために効果的に使ったり言い訳をしたり、婚約者であることを主張したりなどの演出をしているのだろう、と思います。


 それは、ドラマを受け取る側が「兄」と言う言葉にはそういう多面性があると知っているから、たとえば敵役が主人公をあおるのを見て、視聴者も一緒にイラァとできて、演出側もそれを期待しているのだと思うのです。

 すくなくとも、中国にはその土壌がある。ように見受けられる。


 でも、それを直訳されているだけのドラマを視聴している日本の視聴者は、この微妙な「おにいちゃん」の使い方でイラァとできているのだろうか?


 と、ちょうど気が付いたころに、この某女優さんがらみでの「兄は恋愛をごまかす方便」という記事を読んで、あ、日本ではこの「イラァ」感は伝わってないんだろうな……と思いました。感覚的に、兄っていえばいいわねじゃないでしょっ。と理解できる人はいるとは思いますが……。


 うーん。なんかもったいないですね。

 エンタメは、別にどんな風に楽しんでいいとは思っています。それこそエンタメなんで。でも、どうせだったら一粒で何回もおいしいほうがお得だと思いますし、そのためには教養ってすごく必要だよなぁと思った次第です。


 古文って、よく「学ばなくても問題ない学問」のやり玉にあがりがちです。確かに、何の役に立つのかって言われたら、生計を立てていくには役には立っていませんが、こういう人生を豊かに楽しむという点ではすごく役に立っていると思います。


 人生を豊かに楽しまないって、絶対損だと思うのです。そのためには教養大事と思った話でした。もちろん異論は認めます。


 以下、非モテ女の負け惜しみの蛇足。

 あざとかわいい女性に負けっぱなしの、女子力低めオタク女子の遠吠えではありますが、「お兄ちゃんみたい❤」でじゃれつく女子の120%は、まず最終的に恋愛に持ち込もうとしています。

 これは負け女のひがみじゃなくて、この言葉の歴史が証明している、と声を大にして言っておきます。

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