第5話『文字×文字リンク』
璃久は、いつも完璧に見えた。
体育祭でも、バスケ部でも、勉強でも、周囲の期待に応える“理想の男子”。
だがその完璧さは、AIが仕上げた演算式のようなものだった。
「璃久、おまえさ、またAIコーチに頼りすぎだって」
そう言われるたび、璃久は肩をすくめて笑ってみせた。
だけど、その笑顔の裏でいつもAI“ゼータ”の声が鳴っていた。
《筋力値:前日比2%低下。回復メニューを提案します》
《ストレスレベル:やや高。試合想定会話練習を開始しますか?》
“自分を最適化する”ことが当たり前になっていた。
身体も、言葉も、感情さえも。
けれど、透が見せてきたあの文字——
“意味不明で、非効率で、でもたしかに“気持ち”がこもっている”あの文字たちが、璃久の中に小さな違和感を残していた。
放課後のグラウンド。
璃久は、部活帰りの透に声をかけた。
「なあ……あのギャル文字って、本気で解読してんの?」
「本気もなにも、母さんが残した“気持ち”だから」
「でも意味わかんないだろ。言いたいこと、ちゃんと伝えないと意味なくね?」
「“ちゃんと伝える”って、どうやるの?」
「は?」
「璃久、お前は“ゼータ”が出す最適な言葉しか使ってない。
でもそれって、“お前の言葉”なのか?」
一瞬、風が止んだように感じた。
「……俺の言葉、か」
「母さんのギャル文字ってさ、確かに変な文字ばっかだけど、でも“選んだ”って感じがするんだ。
“伝わらなくてもいい、でも届けたい”って想いが、あるんだよ」
璃久は何も言わなかった。
ただ、自分のAIが提案してきた“次に言うべきセリフ”を無視した。
それが、どれほど難しいことかを、初めて実感した瞬間だった。
その夜。
璃久は、AIをオフにしていた。
久々に、静かな部屋だった。
机の上には、紙の便箋とペン。
それは彼にとって、見慣れない光景だった。
「……俺、そんなに、誰かに何かを伝えたかったこと、あったか?」
便箋に手を伸ばす。
けれど、書き始めようとして、すぐに手が止まる。
何を書けばいいのか、まったくわからない。
ゼータなら、完璧な文面を一瞬で出してくれる。
でも、それは“自分”ではない。
「伝わらなくてもいい。けど……俺の言葉で言いたい」
そう思ったとき、彼の頭に、あの意味不明な文字が浮かんだ。
ナ”W(キ?
透が見せてきた日記の一文だった。
「ナ”W(キ?」——“元気?”。
記号だらけの文字列。
でも、だからこそ、どこか不器用で、まっすぐで、優しかった。
「俺の“元気?”って、どう書けばいいんだよ……」
笑って、そして泣きたくなった。
璃久はようやく、自分が“言葉を持っていなかった”ことに気づいた。
翌日。
教室に入るなり、璃久は透の机に封筒を置いた。
中には、彼の字で書かれたメッセージと、たどたどしいギャル文字が添えられていた。
ナ”W(キ?
俺、言葉がうまく選べないけど、ちょっと、ちゃんと話したい。
AIじゃなくて、自分の言葉でさ。
透はその手紙を読んで、少し目を丸くしたあと、静かに微笑んだ。
「……リンク、したな」
今、文字と文字が、人と人をつないだ気がした。
ギャル文字解説コラム:Episode 5
【前回の問題】『⊇ωレニちゎ』の答えは……?
→「こんにちは」
⊇ = こ
ω = ん(ギリシャ文字で“ん”の代用)
レニ = にち
ゎ = は(小文字)
ギャル文字の“こんにちは”は挨拶以上の意味?
挨拶は、最も単純なコミュニケーションであると同時に、人とのつながりの起点です。
ギャル文字では、「こんにちは」さえも個性や感情を込めて装飾されることで、ただの言葉が“気持ちのかけら”になります。
今話のキーワード
ナ”W(キ? = 「元気?」
文字×文字リンク = ギャル文字とAI文字、異なる言語感覚が“対話”を生む
読者チャレンジ!
次のギャル文字は、なんと読むでしょう?
【問題】→『ぉゃ£ゐTょ±レヽ』
ヒント:「夜に誰かに言う、優しい言葉です」
(答えは次話のコラムで!)
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