第4話『傷跡の★ャシン』
部屋の照明が、ゆるやかに黄昏を映し出していた。
透は、机の上に広げた古いプリント写真の束を前に、言葉を失っていた。
それは、母・澄のガラケーから取り出したSDカードの中に、ひっそりと保存されていたフォルダだった。
「PRIVATE_0805」──日付は、2005年8月5日。
母が17歳だった、ある夏の一日。
そのフォルダには、何枚かの風景写真と、数枚の友人とのツーショット。
そして、1枚だけ——表情の意味を読み取るのが難しい、自撮りがあった。
「……笑ってるように見えるけど、笑ってないね」
透の隣で写真を覗き込んでいた茜が、そっと言った。
画面に映るのは、制服姿の少女。茶色がかった髪にカチューシャ。化粧は薄く、肌には汗が光っている。
背景は公園のベンチ。手にはガラケー。
カメラ目線で笑っている……ように見えたその顔の、目元だけが、どこか違っていた。
「まるで、“最後の記録”みたいだよね、この写真」
透は言葉を返せなかった。
写真データには、コメントが添えられていた。
それは、見慣れた、けれどまた読みづらい文字列だった。
★ャシンゎ、記憶のカケラだヶど、
ダヶド本トのキモチゎ、写らなぃ…
八”T八”T。
「“しゃしんは、記憶のかけらだけど、ほんとの気持ちは、写らない”……って書いてるんだね」
「“八”T八”T”は、“バイバイ”だ」
「……泣きそうだな」
透は、知らなかった。
母にも、こんな瞬間があったこと。
泣きたいのに泣けないような、
誰にも見せられない気持ちを、
写真に託したことがあったなんて。
画面を見つめるうちに、
“何を写したのか”より、“何が写らなかったのか”ばかりが気になってくる。
その夜、透は久しぶりに母の遺影を見つめた。
写真の中の母は、微笑んでいる。
「写真が記憶のカケラなら、それに写ってないものが、ほんとうの記憶なのかもしれない」
ふと、そんな言葉が浮かぶ。
それは、AIには絶対に計測できないもの。
表情分析じゃなく、ピクセルの濃度でもない。
写真に写っていない、“心の温度”だ。
透は、あの日記の文をもう一度、ノートに手書きで写してみた。
★ャシンゎ、記憶のカケラだヶど…
ダヶド本トのキモチゎ、写らなぃ…八”T八”T
そして自分の文字で、返事のようにこう書いた。
写らなかった“きもち”を、俺が拾いたいんだ。
心の奥で、何かがつながる音がした。
翌日。
茜が、写真部の暗室で透にプリントを一枚渡した。
「昨日の写真、現像してみたよ。ちょっと加工も入れてるけど」
「加工……?」
「コントラスト上げて、目元のシャドウを強めにした。見て、母さんの目の奥、どう思う?」
透は、加工された写真を見て、はっとした。
そこにあったのは、あのとき見落としかけていた“沈黙”だった。
目は口ほどにものを言うというけれど、
その目には、語り尽くせない何かがあった。
「……何も言ってないけど、めっちゃ、何か伝えてるな」
「それが写真。
で、
それを“言葉”にして補うのが——たぶん、ギャル文字だったのかもね」
この日、透の中でまたひとつ、確信が生まれた。
母の写真も、ギャル文字も、すべてが
“未完の記憶”のかけらだった。
そしてその欠片を、今の自分が拾い集めることで、
母の青春に、少しずつ輪郭が与えられていく。
次の暗号は、また違う日記。
透は、ギャル文字を“読む”のではなく、
“感じよう”と決めた。
ギャル文字解説コラム:Episode 4
【前回の問題】『才×〒"├`ノ♪』の答えは……?
→「おめでとう」
才×〒 = お
"├ = め
`ノ = で
♪ = とう
ギャル文字と写メ文化
2000年代、ガラケーは“写メ”文化の中心でした。
そしてギャル文字は、写メの説明文や、プリクラ落書きの必須要素として愛用されていました。
写真に映らなかった“気持ち”を、言葉で補う。
それがギャル文字のひとつの役割でもありました。
今話のキーワード
★ャシン = 写真
八”T八”T = バイバイ(ByeBye)
ダヶド本トのキモチゎ = だけど本当の気持ちは
読者チャレンジ!
次のギャル文字は、なんと読むでしょう?
【問題】→『⊇ωレニちゎ』
ヒント:「日常のあいさつ、でもギャル文字でちょっと可愛く」
(答えは次話のコラムで!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます