第3話 掘り出し物

何世代にもわたって、無数の手によって築かれたと思われるその遺構は、ひときわ大きなものもあれば、崩れかけたものもあった。


そのすべてに、マキナは思わず息を呑んだ。


人が住んでいたであろう痕跡が、そこかしこに残されている。

焼け焦げた廃墟、腐食した金属の骨組み、風化した壁面。

それらは、時間に飲まれながら、ひっそりと横たわっていた。


船を進めながら、マキナは近くに見えた砂浜を目指す。

波に揺られ、やがて船は岸へと近づき──


砂の感触が、船体をそっと押し返す。


穏やかな波音が耳をくすぐり、冷たい水しぶきが船の舷を濡らす。

そのリズムに合わせるように、船が最後の軋みを立てて、静かに、動きを止めた。


マキナは深く息を吸い、荷物を肩にかける。

しばらく躊躇したのち、意を決して一歩を踏み出した。


──ザクッ。


乾いた音と共に、冷たく湿った砂の感触が足の裏を伝ってくる。

その瞬間、胸の奥に張り詰めていた何かが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


ようやく──本当にようやく。

見知らぬこの大地に、自分の足で立ったのだ。


「……あ、貝殻だ。……それと、これ、なんだろ?」


足元には、無数の貝殻と鉄の残骸が散らばっていた。

長い年月をかけてここに流れ着き、積もった痕跡。

マキナはそっと手を伸ばし、その中のひとつを拾い上げた。


ザラリと鳴った鉄の破片は、錆びに覆われながらも、形を保っていた。


──こんなデザイン、見たことない。


かつてこの土地で使われていた、何かの部品の一部だろうか。

小さな破片は確かに語っている。

ここが、「誰か達の世界」だったということを。


視線を上げる。


砂浜の先には、森と、朽ち果てた巨大な建造物たちが広がっていた。

骨組みだけを残して緑に覆われ、蔓草が絡まり、樹々がその隙間から空へと伸びている。

まるで、遺構そのものが森へ還ろうとしているかのようだった。


その上には、どこまでも透き通る空。

雲の間から差し込む陽の光が、崩れた瓦礫の隙間を縫い、葉の上で柔らかく反射している。


静けさの中にある、温かさ。

寂しいはずなのに、美しい。


さっき、何かが揺れたと感じた建物──

それは、奥の森の縁にひっそりと佇む、古びた廃墟だった。


マキナは息をひとつ吐き、そっと足を踏み出す。

乾いた砂がザッと鳴り、確かな手応えとともに、廃墟へと歩を進めた。


「……うわっ!」


不意に、足が何かに引っかかる。

体勢を崩しかけながら、マキナは砂の中に埋もれていた“それ”に目を向けた。


そこには、鉄の塊があった。


小さな破片とは違う。ずっと、大きい。

砂に半分ほど埋もれたそれの表面には、幾何学的な模様が刻まれており、光を受けて淡く煌めいていた。


「……引っ張り上げられる、かも」


しゃがみ込み、両手で縁を掴む。

冷たくざらついた金属の感触が、掌に広がった。

力を込めると、砂がざざっと崩れ──

それは、ゆっくりと姿を現していく。


複数の関節を持つ脚部。

太い胴体。

そして、頭部と思しき部分。


その正面には、煤けた鏡面のような黒い板があり、そこには、マキナ自身の姿が、うっすらと映り込んでいた。


「……これ、生きてたのかな」


彼女はじっと、その“顔”を見つめた。

ただの残骸──そう決めつけるには、何かが引っかかった。

胸の奥に、不思議な予感が芽生える。


「……あなたは、誰?」


気づけば、声が出ていた。

風が吹き、砂がさらさらと舞い上がる。


……答えなど返ってくるはずもない。

そう思った、そのときだった。


───ジ………


小さな、かすれた音が、空気を震わせる。

マキナは顔を上げ、目を見開いた。


それは風の音じゃない。

確かに、目の前の物体から聞こえた「音」だった。


「……ジ?」


口に出してみる。


──ジ、ジ。


今度は少しだけ、明瞭に。

壊れた喉を無理やり通しているような、ぎこちない声。

でも、確かに「応えた」のだ。


「……名前なの?」


マキナは改めて、その“顔”を見つめた。


「ジジ……ジジって、呼んでいい?」


小さな沈黙。

返事は、ない。

けれど──その瞬間。

黒い板の奥に、淡い光がちらりと走った。


……ピカッ、ピカッ。


断続的に、やさしく、微かに瞬く光。

内部で何かが目覚めるように、小さな駆動音が鳴る。

まるで、その名前に応えるように。


──ウィィィン……


眠っていた何かが、静かに。

だが、確かに動き出した。

この世界で、彼女が最初に出会った“誰か”。


マキナは心の中で、もう一度その名を呼んだ。


「……ジジ」

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