chapter14~女子のテニスウェアって,なんかドキドキしちゃうよね?分かるでしょ~

 昨日は何だか夢のような時間だった。




 考えてみれば,僕はデートをしたのは初めてだったなあ。

 明日は翼さんはどんな顔してくるのかな?


 期待と不安が入り交じった複雑な気分だった。




「おや,今日もお出かけかい~?」

 朝食を終えて,出かける準備をする。

「うん,今日は美咲の試合なんだ」

「美咲ちゃん~?羽原さんとこの~?」

「そうだよ?」

「あれ~?最近はご無沙汰だったよね~。昔はあんなに仲良かったのにね~」

「・・・そうだね」

「はっ!まさか彼女候補の一人って・・・?」

 真面目モード!?


「・・・お察しの通りだよ」

「衛,あんた・・・」

「大丈夫,ちゃんと向き合えって言ったのは母さんだろ?今日は美咲に向き合うために行くんだ」

「・・・そっか~。なら頑張れ~」

「何を頑張るのか分からないけど頑張る」

「うんうん~」

「じゃあ行ってきます」

「気を付けてねえ~。あと美咲ちゃんにまたうちに遊びに来てね~って言っといて~」

「分かったよ,じゃ」




 僕はマンションを出て運動公園に向かった。




 郊外にある運動公園は,体育館,陸上競技場,野球場,サッカー場,テニスコートなど,いろいろなスポーツの競技場が園内のあちらこちらに設置されている。

 市内のスポーツの競技大会が毎週のように行われている場所だ。


 園内の案内図を見てテニスコートに向かう。

 遊歩道に設置されたベンチには,いろんな学校のジャージや,いろんな競技のユニフォームを着た学生が,休憩したり遅めの朝食(または早めの昼食)をとっていた。




「あそこだよな・・・」

 運動公園の西側にあるテニスコートが見えた。緑色のフェンスで囲われており,その周りに観客席が設置されていた。

 多くの選手や応援団で埋め尽くされている観客席から,我が校の女子テニス部の一団を見つけるのに,そう時間は掛からなかった。




「せんぱーいっ!こっちこっち!」

 僕を目ざとく見つけた芹夏ちゃんが,ブンブンと手を振って呼んでいる。

 観客席の隅で観戦しようと思ってたのになあ・・・。


「え,あの人が?」

「そうそう,美咲先輩の!」

「応援に来てくれたんだっ!」

「きゃーっ!」

 僕が近付いていくと,女子部員達が騒ぎ始めた。


「先輩っ!ここ,席取っておきましたっ!」

「え・・・。」

 そこは部員達に囲まれた中央の席だった・・・。




「芹夏ちゃん・・・,凄く居心地悪いんだけど・・・?」

「何言ってるんですか!美咲先輩の勝利のためには,衛先輩の応援が何より大切なんですっ!みんなもそう思うよねっ!」

「「「はいっ!」」」

 勘弁して下さい・・・。




 芹夏ちゃんは,上は学校のジャージを着ていたが,下はピンク色のスコートだった。

 日に焼けた健康的な太腿が目の毒過ぎる。

 周りの部員も似たようなもので,私服の男子一人はちょっと,いやかなり辛い状況だ。


「何ですかー?私の太腿,気になりますかー?」

「い,いや,テニスウェア着てるの見るの,中学部の時以来だしさ」

「高等部は白でしたしね。ピンクのウェア,可愛いでしょ?」

 ホント勘弁して下さい。


「・・・な,なんで女子のテニスウェアってスコートが多いんだろうね」

 他校の選手はズボンやスパッツを着ている子もいる。

「何でですかね。可愛いからいいんじゃないですか?」

「で,でも,その,見えちゃうでしょ?」

「大丈夫ですよ!下はほら,アンダースコート履いてますから!」

 立ち上がってスコートをまくり上げる芹夏ちゃん。


「ぶっ・・・」

 鼻血がでそうだ。


「こら芹夏,はしたないっ!」

 周りの部員に怒られている。

 なにそれ,パンツみたいじゃん。

「あはは・・・。そういう目には慣れていますから!」

「慣れるって・・・。」

 メノヤリバニ,コマリマス。

「いいから隠しなさいっ!」

「はーい!」

 全くこの子は,もうっ!




「あ,美咲先輩出てきましたよ!」

 コートの方を見る。

 ピンクのテニスウェアの美咲が出てきた。

「美咲・・・」

 美咲がチラリとこちらを見た。


 目が合うと,美咲がぐっと力を込めてラケットを握った。

「美咲・・・?」


 第一試合が始まった。最初は美咲のサーブだ。

「はっ!」

 力を込めてラケットを振る。ボールが一直線に相手コートに飛んでいく。

「ふっ!」

 対戦相手は落ち着いて,確実にボールを打ち返す。そこからラリーが始まった。




「・・・美咲先輩,大丈夫かな?」

「え?」

 芹夏ちゃんが不安そうな声を上げる。

「今日の先輩,いつもより力んでるような・・・」

「そうなの?」

「確かに先輩はパワータイプの選手ですけど,いつもならもう少し狙いを絞って打ちます。今日の先輩は,とにかく力任せに打っているというか・・・?」

「あっ!」

 美咲のレシーブがネットに引っかかる。

「15-0!」

「ああ・・・」

 初っぱなからミスをした美咲はその後リズムを崩し,1セット目はストレートで負けた。




「これは・・・?」

「まさか美咲先輩が1セット落とすなんて・・・?」

 テニス部員達も動揺している。

「みんな,応援だよ!こんなときこそねっ!」

 芹夏ちゃんが,自分の動揺を隠して声を上げる。

「そ,そうだね。美咲先輩っ,ファイトです!」




 次のセットはデュースに持ち込まれたものの,なんとか勝ちを収める。

 1-1のタイ。

 予選は3セットマッチなので,2セット先取した方の勝ちだ。




「やっ!」

 美咲が力強くサーブを打つ。

 しかしその球は・・・。


「うそ・・・。美咲先輩がサーブミスをするなんて・・・」

 コートに立つ美咲自身も愕然としている。

 二回目のサーブはかろうじて相手コートに入ったものの,力のないサーブは簡単に打ち返された。




 結局,美咲は初戦で敗退した。




「「ありがとうございました!」」

 試合を終えた選手達に拍手が贈られる。

 テニス部員達も拍手を贈るが,雰囲気はどんよりしていた。


「芹夏ちゃん,ちょっと行ってくる」

「あ,衛先輩?」

 僕は観客席を後にして,試合場の外へと駆け出した。




 テニスコートのそばの遊歩道のベンチに,美咲が俯いて座っていた。


「美咲,ここにいたんだ・・・」

「来ないでっ!」

 美咲が拒絶の叫びを上げた。


「美咲・・・?」

「・・・ゴメン,ゴメンね衛。アタシ,負けちゃった」

 嗚咽を上げながら美咲が呟く。


「いいトコ見せようと張り切ってたのに,カッコ悪いね・・・」

「みさ・・・」

「優勝したら,衛とデートの約束してもらおうって思ってたのに・・・」

 僕の言葉を遮って言う。


「まさか初戦敗退だなんて,ダメダメだね・・・」

「・・・」

「ガッカリしたでしょ?アタシ,ヒロイン失格だね・・・」

 美咲の絶望が心に染みこんでくる。


 僕は・・・。


「ガッカリなんてするもんか!」

「衛・・・?」

「僕はずっと見てきた!美咲が頑張っているのをずっと見てきた!」

「そ,そうだけど・・・」

「結果がどうだとか,僕は選手じゃないから分からない!でも,美咲が頑張ってきたのは誰よりも知っているつもりだ!」


 そうだ。美咲が中等部でテニスを始めたばかり時は,負けてばかりだった。

 でも,美咲はいつも真面目に,熱心に練習に取り組んで,成績を上げていった。

 高等部で硬式に転向しても,期待のホープと呼ばれるまでには強くなっていた。


 美咲は頑張ることが取り柄の,凄い女の子なんだ。


「ア,アタシは頑張ることしか出来なかったから・・・」

「だったら,もっと頑張ればいいじゃないですかっ!」

「え?」

 振り返ると,そこには芹夏ちゃんがいた。


「美咲先輩は誰よりも頑張ることの出来る人ですっ!だから私は先輩を尊敬してっ,憧れてっ!先輩のようになりたくてっ,髪型もマネをしてっ・・・!」

「芹夏・・・?」

「もっと頑張って,テニスも,恋愛も,もっと強くなればいいじゃないですかっ!」

「で,でも,もうアタシは・・・」


 芹夏ちゃんが握りこぶしに力を込める。

「だったら私が衛先輩をもらいますっ!」

「「は?」」

 芹夏ちゃんの爆弾発言に,僕も美咲も目が丸くなる。


「私だって,ずっと衛先輩のコト,好きだったんだから!」

 そう叫ぶと,芹夏ちゃんが僕の腕にしがみついてきた。

「せ,芹夏ちゃん?」

「美咲先輩のマネをしていたのは,憧れだけじゃないです。美咲先輩みたいになれば,衛先輩に振り向いてもらえるかと思ったから・・・」

「芹夏,アンタ・・・?」

「でも,もう遠慮はしません。負け犬の美咲先輩に,衛先輩は渡しません。他の女の人たちにだって!」


「アンタ,本気なの・・・?」

「私の本気,お見せしますっ!」

 そう言うと,芹夏ちゃんは僕の頭を両手で掴んだ。

「!」

 唇に柔らかいものが触れる。

「えへへ・・・。私のファースト・キス,あげちゃいましたっ!」


 え,え,えええええっ!




「芹夏・・・」

 美咲がワナワナと震えながら立ち上がる。

 あれ,怒ってる?


「ふふふっ。どうですか,美咲先輩?先輩はまだキスもしたことないでしょっ!」

「・・・分かった。分かったわ,芹夏」

「美咲?」

「衛っ!」

「は,はいっ!」


「アタシはもう負けない。テニスも,恋愛も,もう負けるつもりはない!」


「美咲先輩・・・!」

「アンタの言う通り,アタシは頑張ることしか出来ないけど,だったらもっと頑張ってみせる!アンタを芹夏からも,他の女からも奪ってみせるっ!」

「やれるもんならやってみて下さいよお」

 何故煽るっ!?

「とりあえずそこからどきなさーいっ!」

「きゃーっ!」


 美咲と芹夏ちゃんは追いかけっこをして,僕を置き去りにしていった。

 あれ?事態が複雑になってない?




「ふぁふぁふぁっ!ふぁんふぁふぃふぁふぉふふぁふぁふぁふぁふぁふぃふぁふぁふぁ!」

 何故が僕は女子テニス部員に囲まれて,ファミレスにいた。

「ふぃふぃふぁふぇーん!」

 いや二人とも,飲み込んでから喋りなさい。

 美咲と芹夏ちゃんは睨み合いながらパスタを頬張っていた。


「・・・先輩,何があったんです?」

 1年生らしき部員の女の子に聞かれる。

「・・・何がって,何なんだろうねえ?」

 美咲以外の選手も3回戦までに全員負けてしまい,早めの打ち上げが行われていた。

 芹夏ちゃんや他の部員に引っ張られて,僕も参加させられていたのだが。

 ホント,居心地が悪すぎる・・・。


「ねえ,芹夏?何があったの?」

「んぐっ!・・・何って,衛先輩に私の初めてをあげちゃったのっ!」

「ぶっ!」

 コーヒーを盛大に吹き出す。


「「「ええええええええええっ!」」」

「せ・り・か~!ふっざけんなあああああっ!」

 店内にテニス部員の驚きの声と,美咲の絶叫が木霊した。

 あ,ウエイトレスさん,ゴメンなさい。




 なんだか大変なことになってしまった。


 まあ,美咲が元気になったんならいいか。

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