chapter13~ラノベの主人公なんて,現実にはいそうもないんだけどね~

「さ,まずは私御用達のショップに行きましょ!」

 翼さんはそう言って,僕の腕をグイッと引っ張った。


「・・・ああ,うん?このビル出来たばかりじゃ?」

「駅裏にあったショップが移転したの!」

「へえ・・・?」

 なんか今日の翼さん,必要以上にはしゃいでる気がする。

(くっ!私には抵抗のある店構えだな。中まで入れんっ!)

(あらあ,ああいうのも意外と似合うかもよ。私は趣味じゃないけど)


「んーっと,これとこれかな?」

 御用達だけあって,店員さんも顔なじみのようだ。「翼ちゃんにオススメはこのあたりかな?」と言って,何着かすぐに見繕ってくれた。翼さんはそこからさらに厳選する。

「どっちが似合うと思う?」

「え?わ,分からないよ・・・」


 一つは淡い黄色のブラウスと,えんじ色の絞ったスカートの組み合わせ。

 どっちかっていうと秋っぽい配色だが,翼さんの栗色の髪と合わせると,季節問わず生えるだろう。

 もう一つは淡いグリーンのワンピース。

 早春を感じさせて清楚なイメージだ。

 でも翼さんの体型から考えると,ちょっと色っぽくなるかもな。


 いやいやいや。何考えてんだ僕は?


「じゃあ,合わせてみるわね」

「え?あ,はい・・・」

 翼さんは奥の試着室へと入っていった。


 ほとんどの男性にとって,この時間は苦痛以外の何物でもない,と言う意見に同意してくれる男性諸氏は多いだろう。

 僕も何をして待てばいいのか分からず,スマホを見てるふりをする。ああ,こんなことなら文庫本の一冊も持ってくるんだった。


 所在なげにしていると,一人の店員さんに急に声を掛けられた。

「あのー,間違ってたらゴメンなさい。君,翼ちゃんの彼氏,でいいのよね?弟じゃないよね?」

「・・・クラスメイトです」

「え,そうなの?彼氏じゃないの?」

「・・・多分」

「!」

 何だか店員さんは変な誤解をしたようで,いや正しいかもしれないが,いろいろ察してくれたようだ。


「そっか。あんなに楽しそうな翼ちゃん見るの久し振りだったから。てっきり・・・」

「いつもは違うんですか?」

「まあ,違くはないんだけど・・・」


 店員さんは,少しためらって,でも僕の顔を見て,意を決したように話し始めた。

「翼ちゃんの,家庭事情は知ってる?」

「まあ,大体は・・・」

「あの子と初めて会ったとき,何というか,その・・・,ロボットみたいだったの。」

「ロボット?」

「アンドロイドって言うのかな?何だか機械的に服を選んで,マネキンのように着飾って・・・」

 ファッション店の店員さんらしい,たとえだなと思う。


「無理してお嬢様を演じてるようだった」


「無理して・・・?」

「私,なんかムキになっちゃって,この子を輝かせたいって思ってね。お節介なぐらいアドバイスしたの」

 今日の翼さんの服装を見ても,センスの良さは伺える。

 この店員さんに育ててもらったんだな。


「いつだったか,ライトノベル?っていうの,本を抱えてきてね。『私でもメインヒロインになれるかな?』って言って。・・・その時ぐらいかな,あの子のちゃんとした笑顔を見たのは」

「はあ・・・」

「私,そういうの疎いからなあ。でも可愛い女の子のイラストがいっぱい載ってたんで,一緒にあれやこれやと衣装を合わせてね」

「ああ・・・」

「ちょっとずつ,仲良くなったの」

「そうなんですか・・・」

「先週,うちの店に来て,『ラノベの主人公みたいな男の子と仲良くなったの!』って言っててね。凄く嬉しそうだったなあ・・・。今日,君を連れてきてくれるの楽しみにしていたのよ」

「・・・がっかりさせたかもしれませんね」

「そんなことない!そんなことないよ・・・」


 僕は,どうしたらいいんだろう?


「もし君が,翼ちゃんのことを好きになれなくても,お願いだから,彼女のことを見守ってあげて」

「見守る?」

「まだ高校生なんだから,これからも主人公みたいな男の子に出会える機会はいくらでもあると思うの。だから・・・」


 だから。


「それまではあの子の主人公でいてあげて。」


 店員さんは軽い口調だったが,その言葉には凄く深い愛情が感じられた。

「・・・善処します」

「善処かあ。大人だねえ・・・」


 まだ自分がどうすればいいか分からないけど,これが母さんの言う『向き合う』ってことなのかな?




「衛クン,どう?」

 翼さんが試着室のカーテンを開ける。

 思った通り,黄色いブラウスが栗色の髪とマッチしている。

「いいね」

「ああ,じゃあこのリボンなんか合うんじゃない?」

 店員さんは仕事モードに戻る。

「そうね,いいかも。・・・ワンピースの方も来てみるわ。衛クン,もうちょっと待っててね」

「うん」




 店員さんは棚の整理に戻り,それ以上話しかけてはこなかった。

 僕は店員さんの言葉を心の中で反芻しながら,これからのことを考え続けた。


「どう,かな・・・?」

 翼さんがカーテンを開ける。

「・・・綺麗だ」

「え?」

「い,いや,ゴメン。つい・・・」

「・・・じゃあ,こっちにするわね」


「いいわねえ!」

 店員さんがいつの間にか僕の隣に来て,感嘆の声を上げる。

「じゃあ,着て帰ります。

「でも,何かワンポイント・・・」

「じゃあ,これなんかどうですか?お代は僕が払うので」

 僕は横にある棚から,白い帽子を手に取った。

「え?そんなの悪いわ」

「いいんだ。僕がプレゼントしたいんだ」

「衛クン・・・」

「いいね,これ!翼ちゃん,合わせてみて!」

「そ,そう・・・?」


 はにかみながら帽子をかぶる。

 可愛い。

 まるで古い映画のヒロインのようだ。


「似合ってる」

「本当?」

「ああ,とてもヒロインらしいね」

「・・・!」

 彼女は少し目を丸くして,それから満開の笑みを浮かべた。

「ありがとう!」


 僕は初めて,翼さんの心に触れたような気がした。




(ねえ,黒峰さん。あなた,どう感じる?)

(どうとは?)

(彼女は,本当に衛さんのこと,好きなのかしら。)

(・・・正直分からない。最初は違ったんじゃないかな?)

(じゃあ,今は?)

(・・・)




 ファッションビルの最上階にあるイタリアンの店で,ワンピース姿の翼さんと昼食を取った。

 彼女のオススメだけあって,パスタもデザートもとても美味しかった。




「あら?」

 翼さんが誰かを見つけたようだ。僕も振り返って見る。

「誰?」

 どこかで見たような見なかったような・・・知らない美女が二人,こちらに近付いてきた。


「もう尾行は終わりですか?小野先生,黒峰先輩?」

「はあ?」

 いや待って,確かにスーツ姿の人は眼鏡を掛ければ・・・輝紗良先輩だっ!?

 もう一人は透子さん?

 白いワンピースでメイクも薄くて,どこかの深窓の令嬢じゃないかっ!


「そうだね。尾行は終わりだ。いつ邪魔をしてやろうかと機会を伺っていたが,やる気が失せた」

 輝紗良先輩?


「それは私も同意ね。私の連絡先をどうして知ったのかは問い詰めたいところだけど」

 透子さん?

 連絡先?


「最後まで尾行してくれれば,もっと悔しがらせられたのになあ・・・」

 翼さんも何言ってるの?

「君は,私達に先んじて,衛少年を墜とそうといろいろ画策してるのかと思ったが・・・」

「予想以上に私達と同じ場所に立っていたのね」

「?」

「私と同じ,『夢見る乙女』なのね」

「『夢見る乙女』・・・」

「衛さん,私達はまだ,スタートラインなんだと思うわ」

「スタートライン?」

「ああ,だからこれからもっと少年を,君を好きなっていく」

「今日のところはあなたは先に進みなさい。すぐに私達も追いつくわ」

「・・・。」

 翼さんは俯いて黙っている。




「じゃあ,またね。ごきげんよう衛さん」

「またな,少年」

 そう言って,二人は立ち去っていく。


「透子さん?輝紗良先輩?」

 僕が立ち上がって二人を呼び止めようとすると,翼さんが僕のシャツの裾を引っ張って止める。

「翼さん?」

「・・・観たい映画が映画があるの。もう少しデートに付き合ってくれる?」

「う,うん・・・。」

 僕は3人の間でどういう意味の会話がなされたのか,今ひとつ理解できていなかったが,翼さんのすがるような眼に,そう頷くしかなかった。




 翼さんが観たいと言った映画はラノベ原作のアニメ映画だった。

 複雑な家庭環境で心に傷を負った少女が,少年と出会うことで本当の恋を育むラブストーリー。

 原作が一般作だったとしても不思議でない,魔法もメカも出てこない現代劇だ。

 なんだかヒロインの少女が,翼さんに重なって見えた。




 映画館を出ると日が暮れていた。空には一番星が見えている。

「ね,あそこに行ってみたいわ」

 翼さんの指差す先は,街で一番高いビルだった。




 エレベーターに乗って最上階の展望室に着く。

 ちょっと前までは,カップルでごった返していたと聞くが,今は閑散としている。

 僕達の他には4,5組のカップルがいるくらいだ。


「綺麗・・・」

 眼下に広がる街の灯りを見て,翼さんが声を漏らす。

「そうだね」


 周りのカップルは,手をつないだり腕を組み合ったりして,いい雰囲気だ。

 ・・・なんか落ち着かないな。




「・・・ねえ」

「ん?」

「私,あなたに謝らなくちゃって思ってたの」

「謝る?」

「ハーレムとか彼女だとか,あなたの周りを混乱させるようなコトして,悪かったわ・・・」

「あ・・・,そうだね」

「羽原さんや黒峰先輩,小野先生を煽るようなこともしたし」

「うん。」

「まあ竜崎君の妹さんまで参戦してきたのは,さすがにびっくりしたけど」

「ほんとにね」


 翼さんは街明かりを見下ろし続け,こちらを向かずに話している。


「私ね,きっと誰かにすがりたかったんだと思う」

「うん」

「自分の境遇から逃げ出したかっただけなのかも」

「うん」

「ライトノベルのように,日常がラブコメみたいに楽しくなればなあ,なんて・・・」

「いいね」


 僕も同じように街明かりを見下ろす。


「・・・羽原さんがあなたのコト,好きなのは知っていたわ」

「そうなの?」

「見てれば分かるわ。あなたは気付いていなかったようだけど」

「ああ・・・,申し訳ないとは思っているよ」

「だからずっと,あなたのコト見ていた」

「へえ・・・?」

「成績も運動も中の上。趣味は読書でなんの取り柄もない」

「はは,耳が痛いや」

「でも,何故か惹かれてしまう・・・」

「そう?」

「ほんと,ラノベの主人公みたいだなあって」

「そうかな・・・?」

「黒峰先輩の告白を聞いたとき,なんだか自分がラノベの世界に迷い込んだような気がして・・・」

「うん」

「私もヒロインになりたいなあって思ったわ」

「うん」


 翼さんは僕の方に振り向く。街明かりが照明のようにぼんやりと彼女を包む。

「私は,あなたのヒロインになれるかしら?」


 僕は何と答えればいい?

 僕はラノベの主人公でもないし,みんなに好かれる理由が思い当たらない,平凡な男だ。

 でも,彼女は僕のヒロインになろうとしてくれた。


「・・・僕が失恋したばかりなのは知っているよね?」

「ええ」

「正直まだ,新しい恋を探そうって気にはなれないんだ」

「・・・やっぱり,そうよね」

 翼さんは俯いて寂しそうな顔をする。


「だから!」

「?」

「だから,まずはお友達からよろしくお願いします!」

 僕は両手を差し出す。


 翼さんは驚いて,そして。

「・・・ふふっ。ふふふふっ,あははははっ!」

 涙目になって大笑いした。


「・・・衛クン,あなた最高よ!ラノベの主人公なんて目じゃないわ。さすが私の見込んだ人ね!」

「翼さん?」

「・・・そうね。まずはお友達から。そしてもっともっと,私を好きにならせてみせるわ。羽原さんより,黒峰先輩より,小野透子より。あとは竜崎君の妹さんより!だから覚悟してね?」

「え?」


「だから・・・」


 僕の手を握り返して,こう言った。


「こちらこそよろしくお願いします!」

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