chapter5~氷って直接触ると火傷みたいになるらしい。知らんけど~
「先輩も迷惑ですよね?僕みたいのと噂になったら」
僕は先輩にそう言った。
「どうしてそう思うんだい?」
「だって,先輩は美人だし,落ち着いてるし。僕みたいなお子様と比べて凄く大人じゃないですか!」
「・・・ねえ,衛少年」
「はい?」
「私はね,君が思っているほど大人じゃない」
「え?」
「それにね自分で思っている以上に君のことが好きなようだ・・・」
「何を言って・・・?」
先輩の整った顔が徐々に近付いてくる。もう少しで・・・。
「いやいやいや,待って下さい!」
「えー」
そんな可愛い顔で拗ねられても!
「ぼ,僕なんかのどこがいいって言うんですか?からかわないで下さいよ・・・」
「からかっているつもりはないんだがね。・・・何というか,君を見てると庇護欲というか,こんな私でも母性に目覚めてしまうんだよ!」
はっきり言って褒められている気がしない。
「とにかくっ!先輩と僕とじゃ全然釣り合わないですっ!」
「そうだろうか?」
「僕は,僕は・・・」
まだ真緒さんのことが好きなんだ。
「・・・分かったよ。まだ沢田女史のことが忘れられないんだね」
「すみません・・・」
「・・・君も,失恋したばかりで心の整理がついていないんだろう?」
「はい・・・。先輩の気持ちはとても嬉しいです。でも,僕はまだ真緒さんのことが・・・」
「やっぱりおっぱいか?」
「は?」
「君は巨乳好きだからな。山吹君も羽原君も巨乳だって聞いたことがあるし・・・。でも,竜崎君には負けてないと思うんだが?」
自分の胸を揉みながら,至極残念そうな顔をする。
シリアスな雰囲気が台無しだよっ!
「違いますっ!」
いや,違わないけどっ!
「胸の大きさとか関係なく,先輩はとても魅力的な女性です。こんなタイミングでなければ,僕だって先輩の気持ちに応えられたと思います。でも・・・」
「大丈夫。私も焦る気はない」
あれ?
「これからゆっくり時間を掛けて愛を育くめばいい」
あれあれ?
「私の全力をもって,君の心を癒やして見せよう!」
だんだん盛り上ってくる先輩。
「君が私のことを好きになるまで頑張ろう!山吹さんにも羽原さんにも負ける気はない!・・・おっぱいは負けているが」
キャラが崩壊していますよ!?
「それにね,私は別に君の一番になりたいわけじゃない」
ん?
「沢田女史のことが忘れられないのなら,それでもいい。他の子を好きになったっていい!」
んん?
「私は二番目でも三番目でもいい!」
んんん?
話がどんどん変な方向に向かってる。
「私は,君にとっての都合のいい女になろうじゃないか!」
あれあれあれっ!?
そんな話だっけ?確かに先輩の好きな歴史物だと,側室とか妾とか,いっぱい出てくるもんな・・・。
「私ではでは不服かもしれないが,ただ,私が君のことを好きだと言うことだけは知っててくれたまえ」
「はあ・・・」
「では,まずは君の肉欲に応えよう!」
「は,いや,え?」
再び迫ってくる先輩。
ネクタイをほどき,ブラウスのボタンを外し始める。
18禁展開には早すぎる!僕まだ未成年ですからっ!?
その時だった。
「ピンポンパンポーン。まもなく下校の時間です。皆さん忘れ物をしないように気を付けて帰りましょう」
クラシックのBGMが流れて放送委員の下校放送が始まる。ドヴォルザークだっけ?
「ほら,もう下校の時間です!図書室閉めますから,お帰り下さい!」
「えー」
また可愛い顔でっ!?
「とにかくお帰り下さいっ!図書室閉めますよっ!」
「分かったよ。続きはまた今度・・・」
・・・18歳になってからね!いやダメでしょ!?
なんとか先輩を追い出して,ほっと一息つく。
「ふう・・・」
まさか本気だった?
いやまさかな・・・。
「あ,筆箱忘れた・・・」
帰り支度をしていて,忘れ物に気付いた。
完全下校までには少し時間がある。教室へ取りに戻るか。
「輝紗良先輩は・・・。帰ったようだな」
さすがにあれ以上しつこくすると嫌われると思ったのか,先輩は下校したようだった。
まずは図書室の鍵を返しに行かなきゃ。
教室に行く前に職員室に行くことにした。
人気の少ない校舎をトボトボと歩く。時折運動部の声が聞こえるが,延長届を出しているんだろうか。4月とは言え,いろんな大会があるって聞いたし。
「失礼します・・・」
「あら,濱口君」
職員室の扉を開けると,氷上先生が一番に声を掛けてくれた。
「図書室の鍵を返しに来ました」
「ご苦労様。私が預かるわ」
「じゃあこれ,お願いします」
先生に鍵を渡す。
「はい」
「では,失礼します・・・」
「待って,濱口君。少し時間いいかしら?」
「え?」
「話があるんだけど,生徒指導室に来てくれる?」
「は,はい・・・」
僕,何かしたっけ?いや,まさか・・・。
職員室の向かい,生徒指導室に連れて行かれる。
特に悪いこともしていない僕は,入学して初めてこの部屋に入った。
「そこに掛けて」
「はい・・・」
パイプ椅子に座らせられる。氷上先生は長机の対面に座った。
「あの,それで・・・」
「ああ,ごめんなさい。そんなに緊張しないで。別にあなたが何か悪いことをしたわけではないわ」
「はあ・・・?」
「・・・その,今朝の騒動について聞きたかったのよ」
やっぱりかあ!?
「山吹さんと羽原さん,それに竜崎君にも話を聞いたんだけど,何だか要領が掴めなくてね」
「・・・3人は何て言ってたんですか?」
「・・・その,生徒から聞いた話を教えるのは,本当は駄目なんだけれど・・・」
やっぱ,そうだよね。
「・・・山吹さんと羽原さんが君に告白したって聞いたわ?」
駄目じゃなかったの!?
「・・・告白,なんでしょうか?あれは」
「2人はそのつもりだって言ってたわよ」
「はあ・・・」
「竜崎君は,何も教えてくれなかったわ。ただ『衛は俺が守る!』って」
「はあ・・・」
「で,君はどうするつもりなのかしら?濱口君」
「え,僕?僕は・・・」
どうするつもりかなんて,考える余裕もなかった。そもそもなんでこんな事態になったのか,当事者の僕が一番分かっていない。
「・・・あの,先生」
「うん?」
「笑わないで,聞いてくれますか?」
「・・・ええ」
氷上先生が優しく微笑みかけてくれる。
「・・・実は僕,昨日,失恋したんです」
「・・・え?」
先生が戸惑うのも無理はない。なんでこんな話を始めたのか,自分でも分からない。
「中学生の時から好きだった女の人がいて,その,母の担当編集さんの女性なんですけど,ずっと好きで・・・」
「・・・ええ」
「・・・早く大人になって,一人前の男になったと認めてもらえたら,告白しようって思ってて・・・」
ヤバい。涙腺が崩壊しそう。
「でもその人,彼氏がいて,もうすぐ結婚するって聞いて・・・」
「ええ,ええ」
「告白する前に,振られ,ちゃった,んです」
「・・・」
「初恋だったんです・・・」
「濱口君・・・」
「た多分,僕が元気がないからって,山吹さんも美咲・・・羽原さんも元気づけようとしてくれただけなんです。」
「・・・そうなの?」
「巧は・・・よくわからないけど,輝紗良先輩も僕のこと好きって言ってくれて・・・」
「輝紗良先輩って,3年の黒峰さん?」
「はい・・・」
「みんな,僕に同情してくれただけです」
「そんなこと・・・」
「みんなの,気持ちは,嬉しいんですけど,僕,僕は・・・」
さっき輝紗良先輩の前でも泣いてしまったのに,また僕は泣いていた。
「僕は弱い人間です・・・」
「・・・濱口君」
気付けば先生は僕の傍らに立ち。
ギュッ。
「え?」
先生に抱きしめられている?
「あなたは決して弱い人間じゃないわ」
「先生?」
「あなたはお母様を支えるために,お家のことみんなやってるでしょ?」
「はい・・・」
「だからといって,勉強も手を抜かずがんばっているの,私は知っているわ」
「はい・・・」
「みんな,決して同情で言ってる訳じゃない。実際話してみて,あなたのこと真剣に想ってるのは分かったもの」
「そ,そうなんですか?」
「そうよ。黒峰さんだって,私だって・・・」
「え?」
何か凄いことを聞いたような?
「ごめんなさい!今のは忘れて!」
先生は急に離れると,自分の席にダッシュで戻る。
「・・・」
「・・・」
気まずい沈黙だ。
「あの,濱口君?」
「はい?」
「参考までに,一つ聞いてもいい?」
「・・・何でしょうか?」
「その,あなたの好きだった,その初恋の人って何歳なのかしら?」
「え?あ,えっと,氷上先生と同い年だったと思います」
「!」
ん?何か小さくガッツポーズしなかった?気のせいだよね・・・?
「・・・コホン。まあ,いろいろ事情は分かりました。これ以上騒ぎを大きくしないよう,彼女達には釘を刺しておくから安心しなさい」
「はい・・・」
「また,困ったことがあったら,いつでも相談に来ること!いいわね?」
「はい」
いつもの氷上先生だ。厳しくて,でも本当は優しい。ホッとする。
「遅くまで引き留めてごめんなさい。気を付けて帰るのよ」
「はい,失礼します」
挨拶をして生徒指導室を出る。
扉の向こうで先生が何か呟いている声が聞こえた。
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