chapter6~ゴスロリ作家は架空の存在だと思ってたときもありました~
何故こんなことになっているのか?
僕は高級ホテルのスイートルームで,年齢不詳の美女と向き合っていた。
隣にはスーツ姿の真緒さんと母さんの前任編集者の原さんが座っている。
時は昨日の夜に遡る。
夕食の支度をしていると,母さんが青ざめた顔で電話をしていた。
あの暢気者の母さんがこんな顔をしているなんて珍しい。
「ちょっと待っててね~。相談してみる~」
「?」
「衛~,衛~」
「なあに?母さん」
「あんた,明日は土曜日だしヒマ~?ヒマよね~」
「う,うん。特に予定は無いけど」
「お願い~。助けてえ~」
「いったい何があったの?」
母さんがスマホを差し出す。
「?」
それを受け取って耳に当てる。
「衛君?私です沢口です」
(ま,真緒さん!?)
「は,はい。衛です。」
思わず声がうわずってしまう。
「衛君,お願い。濱口先生,お母さんと私を助けて欲しいのっ!」
「え?」
切羽詰まった真緒さんの声。
本当にいったい何があったっていうんだ?
「はい。はい。・・・なるほど,事情は大体分かりました」
真緒さんの話によると,先日対談した時に,母さんが小野透子先生を怒らせてしまったということだった。
最初は和やかに対談していたそうだが,話の内容が小野氏の作品についての感想になったとき,徐々に機嫌が悪くなって,ついには立ち去られてしまったらしい。
何でも「小野先生の作品は『夢見る少女の物語』ですね~」と評したそうだ。
(母さん,さすがにそれは作家相手に言っていい言葉ではないよ・・・)
追い打ちを掛けるように,『ウチの息子はこう言ってたんだけど~』と,いらぬ話までしてしまった。
実は,母に相談されて,『私の愛した少年』について批評を述べたことがある。
その時に話した言葉。
それをそのまま言ってしまったそうだ。
何てことだ!
「で,小野先生は何と?」
「担当編集に,あ,原先輩なんだけど・・・」
原先輩?ああ,真緒さんの前任の編集者だった原志津香さんか。
「濱口紅葉の息子を連れて来いって,偉い剣幕なのよ」
「はあ・・・」
「それで明日,私と一緒に小野先生に会いに行ってもらえるかな?」
「分かりました,行きます」
「ありがとう,衛君!」
真緒さんが電話越しに嬉しそうに言う。
「僕も真緒さんの助けになれるのなら・・・。」
やっぱり好きなんだな,と改めて自覚する。
「明日,編集部にお伺いすればいいんですか?」
「それが・・・」
真緒さんの話では,小野先生は都心の高級ホテルに滞在して,執筆活動をしているとのことだった。そこからの方が大学にも通いやすいらしい。
でも,高級ホテルに長期滞在って・・・。さすがはベストセラー作家。お金が有り余っているのかな。
まあ正直,僕にとっては小野先生に会うより,真緒さんに会う方が大きい問題なんだけど。
そして現在に至る。
「この度は,誠に申し訳ありませんでした!」
真緒さんはテーブルにおでこをぶつけそうな勢いで何度も頭を下げている。
「母が失礼なことを言って,大変申し訳ありません」
僕も頭を下げた。
だが,しかし・・・。
頭を上げて,小野先生と対峙する。
何度見ても,これは現実の光景か?と目を疑ってしまう。
だって,そこにいるのは・・・。
ゴ,ゴスロリだー!!
黒地に白のレースで彩られたゴシックロリータ服。
毛先を紫に染めた長い巻毛。
ご丁寧にヘッドレストまで装備している。
こういうファッションが一部の女性に流行っているのは知っていたが,実物を見るのは初めてだ。
「・・・何か?」
「え,いや,綺麗な方だなと思いまして・・・」
「そう」
うっすい反応だな。
言われ慣れてるんだろうな。
しかし,何だか迫力のある女性だ・・・。
「・・・濱口先生の息子さん,衛さんとおっしゃったかしら」
「はい」
「まず,私のデ新作,『私の愛した少年』について,お母様にお話しされたことを確認したのですけど?私『らしい』作品だとおっしゃったとか?」
「・・・」
なんと言えばいいのか。少し迷ったが,着飾った言葉より素直に話した方が,彼女にはいいような気がした。
「・・・僕はデビュー作の『私が好きになったのは・・・』は,先生の最高傑作にして頂点の作品だと思いました」
「え?」
予想外の答えに,小野先生は不思議そうな顔をする。
「先生の作品は全て,女性主人公が,『恋する想い』を力に変えて,頑張る姿を描いた作品ですよね?」
「・・・」
「恋愛の力は偉大だと思います。先生の作品は実にそれをうまく描いている,と感心しました。」
「・・・。」
「先生の独特な文体,まあ好き嫌いはあると思いますが,僕は好きですよ」
「・・・!」
「ちょっと散文詩的な気もしますが,『恋する想い』を表現するにはいいと思います」
真緒さんも原さんも,凄く驚いた顔をしている。まあ,自分でも生意気なことを言っているのは分かっている。
母さんは,なぜだかニコニコしている。
「先生はあの小説を書いている時,とても素敵な恋愛をなさっていましたね?」
小野先生は驚きのあまり口を開けた。
「・・・な,なぜ?」
「主人公の幸恵にもの凄く力を感じました。先生の作品の主人公は,みんな先生の気持ちが投影されていると思いました。言わば先生の分身です」
作家はみんな主人公に自分を投影していると言っても過言ではないと思う。
母さんの作品でも,主人公は老若男女いろいろだが,全て母さんの分身なのだと思わすにいられない。
「・・・ただ,残念ながら以降の作品にはその力を感じられませんでした」
「・・・」
「ひどい言い方だと分かってますが,その・・・『焼き増し』的な」
「ちょ,ちょっと,衛君!」
真緒さんが慌てる。
「だから新作『私の愛した少年』も,あまり面白くありませんでした」
「・・・!」
「す,すみません。僕のような若輩者が生意気を言いまして・・・」
また怒らせたかな?
まあ,怒るだろうな。
「くっ・・・」
「?」
「くっ,くっ,くっ・・・」
「小野先生?」
「くっくっくっくっ,ほーほっほっほっほっ!」
まるで特撮作品の悪の女幹部のような高笑いをする小野先生。
ゴスロリの衣装と相まって,TVドラマでも観ているような気分だ。
「はーっ,こんなに笑ったのは久し振りだわ。・・・あなた,凄いわね。全部お見通しなのね」
「はあ?」
「・・・あなたの言う通りよ。『私が好きになったのは・・・』を書いた頃,私は恋をしていたわ」
「・・・はあ」
「でも,すぐに振られた」
ああ,やっぱり。
「私はムキになってどんどん新作を書いたわ。出せば売れたから調子に乗っていたし,編集部からも要求された」
「小野先生・・・」
原さんは申し訳なさそうな顔をする。
「それでも良かったの。物語の中では,私は素敵な恋をできたから」
「先生!?」
「いいえ原さん,そのことは別に何とも思ってないわ。ただ・・・」
小野先生は言い淀む。
ああ,そうか。理由は一つしか思いつかない。
「たくさん書けば,また素敵な恋愛が出来ると思ったんですね」
「「「!」」」
僕の言葉に,小野先生も,原さんも,真緒さんも驚いていた。
「・・・そこまで分かるのね」
「いや,ただの勘です。偉そうなこと言ってすみません」
僕は自分の口を恨む。
「・・・いいえ,お礼を言わせて」
「?」
「私の作品,そこそこ売れているけれど全て好意的な評価とは言えなかった。・・・担当編集の原さんは,悪い評価を私に見せないようにしてくれてたけれど」
「小野先生・・・」
「でも新作をいくら書いても何も変わらなかった。濱口先生が『夢見る乙女の物語』とおっしゃったのは,とても的確なご意見と思ったわ」
「・・・」
「図星だったから,余計に腹が立ったの。衛さん,濱口先生に失礼な態度を取ったこと,お詫びしていただけるかしら」
「あ,顔を上げて下さい!母も僕も,失礼なことばかり言って,本当に悪かったと思ってますから!」
「ありがとう」
そう言って微笑む。
ビジュアルのせいで,この世のものとは思えない存在だった小野先生。
「また,お会いしましょう」
でも,その笑顔はとても可愛らしかった。
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