chapter3~修羅場はインド神話が語源らしいけど,どうでもいいことだよね~


「・・・へえ。ずいぶん仲良くなったんだな?」


 自分の席に戻って鞄から荷物を取り出す山吹さんの後ろ姿を見ながら,巧が呟いた。


「仲良くって・・・ちょっとお話ししただけだよ」

「へえ?」

 仲良くなった,のかな?


「ところで衛」

「ん?」

「お前,なんか顔色悪いぞ?寝不足か?」

「えっ?」

 さすが親友,僕の顔を一目見ただけで不調だと分かるようだ。


「・・・なんかあったのか?」

「え,いや・・・」

「風邪か?腹痛か?」

「い,いや・・・」


「まさか失恋か?」

 鋭い!?


「・・・まあ,お前に限ってそんなこともないか」

「何でだよ」

「だってお前の周りって,なんとなしに美女,美少女が集まっているのに,浮いた噂の一つもないじゃないか」

「そうかな?」


 言われてみればそうかもしれない。

 真緒さんといい美咲といい,輝紗良先輩だって。

 しかも今日は山吹さんとも少し話せた。

 中学生の頃からずっと真緒さんに夢中だったんで,あまり気にしたことはなかったなあ・・・。


「あら,その美女,美少女の中には私も含まれているかしら?」

「え,山吹さん?」

 席に戻ったと思った山吹さんが,急に話に割り込んできた。


「そりゃもちろん!」

 イケメンスマイルで,さらっと返す巧。

 流石である。


「あら,ありがとう。そういう竜崎君はどうなのかしら?」

「巧は,早紀ちゃん一筋だからなあ」

「ま,まあな・・・」


 巧には中学生から付き合っている一つ後輩の彼女がいる。

 上村早紀ちゃん,サッカー部のマネージャーだ。小柄で可愛い感じの子で,巧とはお似合いだと,いつも思う。


「あら残念。じゃあ,私は濱口君の彼女に立候補しようかしら?」

「え?」

 場が一瞬で凍り付く。


「ま,またまたご冗談を・・・」

「山吹さんが彼女候補?・・・『ちょっとお話』ってそんな話してたのか!?」

「違うよ。からかってるだけだよ。ね,山吹さん?」

「さあ,どうかしら・・・?」

 今まで見たこともない妖艶な笑みを浮かべる。

 冗談だよね?だよねっ!?


「待て待て待て待て待て!」

 なんで巧が焦る!?


「あら,まさか竜崎君も濱口君狙いかしら?」

「ああ・・・,い,いや,違う!」

 なんでキョドる!?


「とにかく,それは却下だ!衛は渡さない!」

 え?何言ってるの!?


「え?・・・ごめんなさい。私BLは専門外なの」

「俺だって,好きなジャンルは妹萌えだ!」

 いったい,何の戦い!?


「・・・っ」

「・・・っ」

 バチバチと二人の間に火花が散っているようだ。

 次々と登校してきたクラスメイト達も,その異様な雰囲気に圧倒されている。


 これがいわゆる修羅場?いや,特殊すぎるよ!?


「おはよう!・・・何?何かあったの?」

 美咲も部活を終えてやって来たらしい。

 クラスの女の子が美咲に耳打ちするのが聞こえた。

「何かわかんないけど,山吹さんと竜崎君が,濱口君を巡って修羅場ってるぽいよ!」

 うん,あながち間違ってない・・・から困る。


「BLと妹萌えで揉めてるって!」

「え?ショタ受けじゃないの?濱口君,童顔だし」

 そういう話じゃないっ!?


「ちょっと!?」

「初原?」

「あら初原さん,おはよう」

「おはよ・・・じゃなくって!これはどういう状況なの?」 

「どうもこうも,私が濱口君の彼女に立候補しただけよ」

「な!?」

 ざわっと教室がどよめく。

 美咲も口を開けてあんぐりしている。


 そりゃそうだろう。

「なのに,竜崎君ったら『衛は渡さない!』って,彼女がいるのに二股掛けて・・・。いえ,偽装彼女?」

 山吹さんの言葉に,ざわめきが一段と大きくなる。


 美咲はキッと巧を睨み付けた。

「・・・そうなの?竜崎君」

「違う違う!俺はノーマルだ!早紀とは偽装ではなく真剣に付き合っている!」

 女子の一部から落胆の声が起こる。

 巧が彼女持ちって知らなかった子もいるらしい。


「じゃあ,どういうこと?」

 ドス声で,美咲が問い詰める。

「ほ,ほら,あれだ!衛は意外とモテるから・・・。そう!知り合いに衛のことが好きな女の子がいてな!」

 え?初耳だけど・・・?


「はっ!」

 山吹さんは何か気が付いたようだった。


「まさか,竜崎君。その子って・・・,黒峰先輩のことかしら?」

「え?」

「え?」

「え?」

「濱口君,黒峰先輩と仲いいものね。・・・年上のお姉さんにリードされて大人の階段を昇る少年。うん,それは悪くないわ?」

「何言ってるの,山吹さん?」

 何か変なスイッチが入った山吹さんの様子に,さっきまで怒っていた美咲も動揺している。


「いや,俺が言ってるのは違くて・・・」

「待って,待って待って待って!」

 何か言いかけた巧みの言葉を遮るように美咲が叫んだと思うと,ふわりと柔らかな感触が僕の頭を包む。


 え?美咲!?

 美咲が僕の首に腕を回して,抱きしめていた。


「衛は私のものよ!黒峰先輩だろうが,山吹さんだろうが,竜崎君だろうが,誰にも渡さないわ!」




「・・・」

「・・・」

「ええええええええええええええええ~っ!」




 その時の教室のどよめきは,他のクラスにまで届いていたらしい。

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