chapter2~ライトノベルは文学か?そんなの内容次第だよね~

「はあ・・・」


 誰もいない教室で机に突っ伏す。

 早くは来たものの,特にやることもない。


 本でも読んでいようかと,僕は鞄から先日買った文庫本を取り出した。

 マルミヤ文庫から出ている小野透子の新作だ。


 小野透子。

 新進気鋭の作家だ。


 噂では現役女子大生らしいとも聞く。ストーリーはありきたりな恋愛ものが多いのだが,文体が独特でちょっと癖がある。

 そこがなぜか僕の琴線に触れて,最近よく読んでいるのだ。


「・・・」

 マルミヤ文庫の表紙を見ると,真緒さんの顔が思い出される。


(・・・ダメだ,忘れられないよ)


 ぶんぶんと首を振り,しおりを挟んであるところから読み始めた。

 

最新作『私の愛した少年』。

 純朴な少年と年上の女性の儚いラブストーリーだ。


(僕も真緒さんとこんな恋愛したかったなあ・・・)


 ついついそんなことを考えてしまう。




 少年と女性の出会いは海辺のカフェだった。

 学校や家庭のことで悩んでいた少年は,その女性と穏やかな日々を送ることで癒やされていく。

 実は,その女性にもある秘密があったというそんな物語。




 夢中で読み進めていたので,僕は教室の扉が開いて誰かが入ってきたのに気付かなかった。


「濱口君?」

「えっ?」

 急に声を掛けられて,僕はびっくりする。

「あ,驚かせてご免なさい。今日はずいぶん早いわね」

 声の主はクラスの学級委員長の,山吹翼さんだった。


 少し癖のある栗色のロングの髪が目を引く。

 聞いた話ではおばあさんがロシア系のクォーターだとかで,その血が流れていることの証明か,とても色白で整った顔立ちだ。

 さらに高校生らしからぬ均整の取れたプロポーションをしている。

 その手には立派な百合の花が持たれ,まるで名画のようなビジュアルだ。

 彼女の父親は大病院の院長だそうで,凄い豪邸に住んでいるらしい。


 まるで小説に出てくるような,筋金入りのお嬢様だなあ・・・。


 毎朝教室に一番に来て,家の花壇から花を持ってきて花瓶に生けているという噂は本当だったことに,改めて驚く。


「・・・濱口君?」

「・・・あ,ご,ごめん」

「ううん。私こそ本当に驚かせてご免なさい。私より早く教室に来ている人は初めてだったから」

「け,今朝は早く目が覚めてしまって。家にいてもすることないから早く来ちゃったんだ」


 嘘だ。

 夕べは一睡もできなかった。


「そっか。それで読書をしてたのね」

 言いながら山吹さんは鞄を机に置くと,百合の花を生け始めた。

 実に絵になる。


 美咲と並んでうちのクラスのツートップと言われるだけはあるなあ・・・。


「濱口君って,いつも読書してるわよね?」

「え?ああ,うん」

 山吹さんから話しかけられるのは珍しいことなので,ちょっと驚いた。


「ああ,そっか。濱口君のお母様って,確かベストセラー作家の濱口紅葉さんだったわね。」

「うん,そうだよ。ベストセラーって程でもないけど」

「読書好きなのは,お母様の影響?」

「・・・どうだろう?両親が離婚してからは,母さんは仕事ばかりで,家にある本を読むしか娯楽がなかったからね」

 少し自嘲気味に話す。父さんは文学者で蔵書は山ほどあったし,別居したときにそれを全部家に置いていったから。


「あ,そうなんだ。・・・ごめんなさい。」

「え?い,いや,もう自分の中では整理ついていることだから,気にしなくていいよ。」

「・・・。」

 山吹さんはとても申し訳なさそうな顔をしている。

 家庭の事情を突っ込んで聞いたことを悔いているのだろうか。

「うん。本当に気にしないで」


 すると山吹さんは,突然に顔を近づけてきた。

 近い近い!?


「ね,濱口君って普段はどんな本を読むの?」

「え?」

「今読んでるのって,小野透子の新作よね。恋愛ものとか好きなの?」

 随分,食いついてくるなあ。

「いや,特に恋愛小説が好きって程でもないよ」

「そうなんだ?」

「うん。純文学とかも結構読むし,SFとかミステリとか。たまにホラーものも読むし」

「うんうん」

「児童文学とかも結構好きかな。意外と奥が深いものもあるし」

「そうよね!」

 何だろう?

 本当に食いつきが良すぎる。


「・・・山吹さんも本読むの好きなの?」

「えっ!?」

「え?」


「私は・・・。うん,そうねえ・・・。読むのは好きだけど,ジャンルが・・・」

 何だかとても言い辛そうにしている。

 まさか官能小説が好きとか言い出さないよね!?


「そ,その・・・ライトノベル」

 小さい声でモジモジとしながら言う。

 普段大人びた印象があるだけに,可愛い仕草にドキッとする。


「ライトノベル?」

「うん。ライトノベル。濱口君みたいな文学少年からしたら,邪道と呼ばれそうだけど・・・」

「え?そんなこと言わないよ?」

「本当?」

「だって,ライトノベルだって立派な文学だよ。確かに似たような内容が多くて玉石混淆だけど,面白い作品はいっぱいあるし」

「そう?」

「一般文芸にジャンル分けされてる作品でもトンデモ設定のものもたくさんあるから,挿絵が多いってだけで批判する気はないよ」

「そうよね!」

「僕も全部とは言わないけど,結構読むし」

「そうなんだ!」

 山吹さんは,ぱあっと笑顔を咲かせる。


「良かったあ。こんなこと友達に話したら馬鹿にされるから,ずっと秘密にしてたの」

 なるほど。


 山吹さんは家柄もあって,クラスカースト最上位の存在だから,周りに集まる友達もそれなりに上品な人が多い。

 『ライトノベル好き』=『オタク』と思っている人も少なからずいるのだろう。

 お嬢様なりに,気を遣うことも多いんだな・・・。


「濱口君とお話しできて良かったわ。これからも仲良くしてくれるかしら?」

 こんな美少女に,そう言われて嫌と言えるはずもない。

「う,うん・・・」

「わたし,濱口君ともっと仲良くなりたいな」

「え?それってどういう・・・?」

 微妙な空気が二人に流れる。


 その時,突然ガラッと教室の扉が開いた。

「おはよう,山吹さん,っと衛?」

 そう声を掛けながら入ってきたのは竜崎巧。

 サッカー部のエースでありながらそれを鼻にも掛けない超イケメン。

 それでいて僕の唯一の親友だ。

「あら竜崎君,おはよう」

 山吹さんは何事もなかったように姿勢を正すと,にこやかに挨拶をした。

「おう,衛がこんなに早く来るなんて,珍しいな」

 巧はそう言いながら僕の前の席,自分の席に座る。

「まあ,ちょっとね・・・」

「しかも山吹さんと話しているなんて意外な組み合わせだな。ずいぶん盛り上がっていたようだけど?」

「ふふっ。ちょっと趣味の話をね。・・・濱口君,話の続きはまた今度ね?」

 山吹さんはそう言いながら僕のそばから離れていった。




 どういうつもりなんだろう?


 山吹さんが,何で僕と仲良くなりたいのか,さっぱり理解できなかった。

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