hapter1~ギャルゲーみたいな環境でも予定調和とは言わないで~

「行ってきます・・・」 .

 誰もいないリビングに向かって声を掛ける。


 母さんは,まだ寝室で爆睡中。

 いつも原稿を書き上げた翌日は疲れて大体丸一日眠っている。

 多分,今の僕の顔を見たら,何かあったと勘ぐられそうなので,これ幸いだと思う。

 適当に朝ご飯を済ませて,登校するために早めに家を出た。


「はあ・・・」

 ため息をつきながら,トボトボと通学路を歩く。


 学校は,僕の住むマンションから徒歩圏内なので,僕は徒歩通学だ。

 いつもの時間ならたくさんの生徒が登校する通学路も,部活の朝練に向かう生徒が歩いていいるくらいなので,そんなに人通りは多くない。

 知り合いに会わなければラッキーだなと,そんなことを考えていた。


「衛?」


 僕を呼び止める声がした。振り向くと,明るめの髪をボニーテールに結わえた女の子がいた。


「美咲か・・・。おはよう」

「おはよう。・・・珍しいね。こんな時間に登校するなんて」

「たまにはね・・・」


 彼女の名前は初原美咲。

 共に黄梅学園高等部に通うクラスメイトだ。

 まあ,実は同じマンションに住んでいる。

 母親同士が友達なのもあって,小さい頃は結構一緒に遊んでいた。


 いわゆる幼馴染みというやつだ。


「ふーん,そうなんだ?」

 美咲は僕に並んで歩き始める。

「美咲はテニス部の朝練か?」

「うん,そうだよ」


 彼女は中等部では軟式テニス部,高等部になってからは硬式テニス部に所属している。


 中等部で部活を始めてからはあまり一緒に登下校する機会もなく,お互い思春期にさしかかったこともあって少し疎遠になっていた。

 今年は同じクラスになったので,少し話すようになったけど。


 小学生の時は男子みたいなわんぱくだったが,中学生ぐらいから年々胸が大きくなり,身体も丸みを帯びて,実に女らしくなってきた。


 昔,中等部の時に,美咲の試合を観に行ったことがある。

 あまりにもテニスウェア姿とスコートから伸びる太腿が色っぽすぎて,その晩いやらしい夢を見てしまったんだっけ。

 それ以降は意識しないように振る舞ってしまうようになり,疎遠になった一因となった。


 彼女はルックスも良く,明るい性格なので男子人気が高い。

 『テニス部のアイドル』と呼ばれている。

 結構モテるようで,1ヶ月に一回くらいは告白されているという噂を聞いた。

 でも全部振っていると,誰かが言ってったっけ。

 実は僕も何回かラブレターを渡すよう頼まれて応じたことがあるが,どいつも結構ハイスペックなイケメンばかりだった。

 実に勿体ない話である。


(そう言えば,僕がラブレターを渡しにいくと,凄く不機嫌になってたな?)


「・・・」

 美咲が眉にしわを寄せて,僕の顔をのぞき込む。

「な,何だよ・・・」

「いや,なんか今日元気ないなって思って」

「え?」


(なかなかに鋭い!?)


「なんかあった?」

「・・・たいしたことじゃないよ」

「ふーん?」

 本当は失恋したことを誰かに慰めてもらいたい気持ちもあったが,美咲にそんなことを言うわけにもいかない。

 いくら幼馴染みとはいえ,そこまで踏み込んだ関係って訳でもない 。


「・・・まあいいや」

「いいんだ?」

 それ以上追求されなかったのでホッとする。


「・・・ね?再来週の日曜日,ヒマ?」

「は?」

 急に話題が変わったな!?


「再来週の日曜日,運動公園で春季大会の予選があるんだ」

「ふ,ふーん・・・?」

「久しぶりに応援にでも来てよ。衛が来るならアタシ,頑張っちゃうよん?」

 からかうような言い方で,そんなことを言う。

 ・・・美咲に言い寄る男どもよ,こいつはこういうやつなんだよ?


「・・・まあ予定もないし,行ってやってもいいけど」

「やたっ!」


 ぱあっと花が咲いたような笑顔を向けられる。

 思わずドギマギしてしまった。


「・・・まあ,うん。頑張れよ」

「うん,約束だよ!そうと決まれば練習頑張んなきゃ。じゃあ,また後で教室でね!」

「おう・・・」

 僕の返事も聞かず,美咲は少し短めのスカートを翻し,ダッシュで校門に向かっていった。


「・・・何なんだ,あいつ?」

 僕は狐につままれたような気持ちになった。




 いつもより重い足取りだったせいもあり,ようやく学校にたどり着いた。


 フワッ。


 校門のところで,僕の横を誰か通り過ぎる。


 バラの香り?


 この香りを,僕はよく知っている。

 本当は校則で禁止されているらしいけど,『なんとかローズ』ってバラの香水だっけ?

 その柔らかな香りがお気に入りの女性を一人,知っていた。


「おや,おはよう。衛少年」


 彼女は振り向くと,柔らかな微笑みを湛えながら声を掛けてきた。

「おはようございます,輝紗良先輩」


 黒髪ロングの眼鏡美人。

 3年生の黒峰輝紗良先輩だ。


 唐突だが僕はクラスの図書委員をしている。

 母の影響で,昔から本を読むのが大好きだから,本に囲まれて静かに過ごせる図書室はとても居心地のいい空間だ。

 輝紗良先輩はそんな図書室の常連さんなのだ。


 先輩は文芸部の部長をしているが,部活動は週一回くらいの不定期な感じで,暇なときはいつも図書室にやってくる。

 一つ年上とは思えないほどの大人っぽい雰囲気。

 身体つきはスレンダーで,「もう少し胸があれば・・・」と前に言ってたこともあったな。

 そんなに気にするほどでもないと思んだけどね。


 学校でも一・二を争うぼどの美女だが,歳に似合わず堅苦しい話し方で,何かと理屈っぽいことを言うので,同学年の男子からは敬遠されていると聞いたことがある。

 まあ,話していると全てを見透かされそうな気分がするので,その気持ちはよく分かるけどね。


 結果,ついた異名が『氷の女王』。


 クールビューティの先輩にはピッタリだとは思うけど,そんなに怖い人ではないと思う。


 先輩は母の小説の大ファンなのだ。

 僕が高等部進学したばかりの時に,あの濱口紅葉の息子が入学してきたと知り,毎日のように熱心に部活に勧誘してきた。

 僕は家事を理由に断ったんだけど。

 『まあ,少年は母君の世話を最優先しないとな。日本文学界の未来のために』と,結局そう言って諦めてくれた。

 1年生の時から図書委員をしている僕は,図書室の常連の先輩となんだかんだと親しくなり,今に至るのだ。


 そう。

 輝紗良先輩は,いつも僕には優しく微笑みかけてくれる。

 ・・・いつもこうしてれば,もっとモテるだろうにな。


「!?」

 気が付けば先輩が,僕に顔を近づけてまじまじと見つめていた。

「ど,どうかしましたか先輩,僕の顔に何かついてますか?」

「どうしたんだい?何か元気がないようだが・・・」

「い,いえ,何でもありません」

「・・・」

 訝しげな目をする先輩。

 美咲といい先輩といい,鋭すぎる。

 そんなにわかりやすい顔してたかな?


「・・・そう言えば,今日は図書室の当番だったね」

「え?は,はい」

「じゃあ,その時にでもゆっくり話をしよう」

「え?」

「じゃあね,少年」

 先輩はそう言うと,またスタスタと昇降口に向かって歩いて行った。




 僕は呆然として先輩のスラリとした後ろ姿を眺めしまなかった。

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