衛君クンのハーレム計画
やまがみたかし
prologue~失恋というものは予期しない時にやって来るものらしい~
「・・・できた~」
今にも死にそうな声を出しながら,僕の母親,濱口紅葉がPCからUSBメモリを引っこ抜いて,隣に座る若い女性に差し出した。
「ありがとうございます!お疲れ様でした,先生」
USBメモリを受け取った女性,マルミヤ文庫で母さんの担当編集者である沢田真緒さんは,主張の強い胸を揺らしながら満面の笑みでそう答えた。
やっぱり大き・・・いや,可愛いよな!
真緒さんはマルミヤ文庫に勤めて3年目の編集者さんで,新卒で採用されたと言うから今年で25,6歳といったところだろうか。
歳の割には小柄で童顔。ショートボブの髪型は『働く女』を意識しているそうだが,かえって幼く見えるのは心の内に秘めておこう。
未だに高校生と間違えられることもあるとかないとか。
それは超分かる。
ただ,その胸部にはたわわな果実がボンボンと実っているのだ。
今日のような襟元のあいたブラウスなど着ていられると,ついつい目がそちらに行ってしまう。
いかんいかん・・・。
僕の名前は濱口衛。
高校2年生。
趣味は読書。
周りの男子と比べて背が小さいのがコンプレックスである。
「イケメン」とか「格好いい」とかという言葉とは縁遠い,ごくありふれた男子高校生のはず。
普通でないのは家庭環境だろうか。
僕の母親は小説家である。
ベストセラー作家とまではいかなくても,そこそこ売れているらしい。
おかげで10年前に父と離婚してからも,女手一つで何不自由なく・・・いや,少し裕福なくらいの家庭環境で,僕をこの歳まで育ててくれた。
「真緒さんもお疲れ様でした。コーヒーをどうぞ」
僕は目線を悟られないようにしながらコーヒーを差し出す。
「ありがとう,衛君」
真緒さんはニコッと笑って,コーヒーを受け取る。
か,可愛い!
最近は作家もPCを使って小説を書く人が多くなり,母さんも昔のように原稿用紙に書くこともなくなった。
地方に在住している作家さんはデータでやり取りしているとも聞く。
僕の家は都心に近いのだが,母さんも他の出版社にはデータで原稿を送ることもある。
けれどもマルミヤ文庫だけは必ず編集者を遣わして原稿を受け取りに来る。
それが代々の編集長の信念に基づいた方針なのだそうだ。
地方在住の作家さんとかどうしてるんだろ?
そんな疑問も沸くが,おかげでこうして頻繁に真緒さんに会えるわけなので,神様お編集長様には感謝してもしたりない。
「いつもわざわざ家までお越し下さり,お疲れ様です」
「ううん,全然へっちゃらよ!ここに来れば衛君にも会えるもんね!」
(社交辞令なのは分かっているけどうれしいな・・・)
真緒さんは,母さんのマルミヤ文庫での3人目の編集者だ。
前の担当の原さんが引き継ぎを兼ねて,初めて家に彼女を連れて来られたときは,まだ新卒で初々しかった。
僕はまだ中学生で,今日のようにコーヒーを差し出した。彼女は緊張でガクガク震えていて,「大丈夫かこの人。」と思ったもんだ。
そして何度か会う機会があり,お互い歳が近いこともあって,彼女とはすぐに親しくなることができた。
最初は頼りないお姉さんって感じだったけど,徐々に化粧も慣れてきて,どんどん綺麗になっていく彼女に,僕はどんどん惹かれていった。
そう,それは僕の初恋だった。
「今回の作品も売れるわよ!私,頑張るからね!」
豊満な胸の前でぐっと拳を握りしめて宣言する。
・・・いかんいかん!どうしても,胸に視線が行ってしまう。
「目指せ100万部!そしたら衛君も何か買ってもらえるかもよ!」
「お手柔らかにね~」
母さんはコーヒーを飲みながら,手をひらひらと振る。
正直,高校生になったらバイトでもしようかと思っていたが,母さんがそこそこ売れるようになって以降は経済的余裕もでききたので,小遣いに不自由はしていない。
「別にいいよ。大学進学したらまたお金掛かるだろうし」
僕がそう言うと,母さんは微妙な顔をした。
「できた息子で良かったわ~」
今でも学費の高い小中高,大学まである私立高校に通わせてもらっている。
僕の通う私立黄梅学園高等部は,大学が併設されている名門校だ。
一応進学校なので大学に進むつもりだが,内部進学してもさらに学費が掛かるだろう。
昔一度話し合って,大学への進学だけは母さんの我が儘を通させてもらうと宣言された。
僕はそれを聞き入れて甘えさせてもらうことにし,黄梅学園大学に進学することに決めた。
それも加味して家計をやりくりし,後々のために貯金を貯めている。
だって小説家なんて,売れなくなったらおしまいだからね・・・?
「本当に立派な息子さんですね!私もこんな息子が欲しいです!」
息子か・・・。弟とも思ってくれていないのかな。それはそれで,ちょっとショックだ。
「真緒ちゃんにはもう素敵な彼氏がいるもんね~。そのうち産めるわよ~」
母さんがニヤニヤしながら言う。
え?
今,何と?
「・・・えっ?真緒さん彼氏がいるんですか!?」
「いや~,その,えっと・・・」
真緒さんは顔を真っ赤にしながらモジモジする。
マジですかっ!?
僕にとって,これまでの人生で一番ショックな出来事だった。
僕の初恋は,たった今,終わったのだ。
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