第11話 状況確認中
村井が都心に赴き、諸角の事務所で契約を取り交わしている頃。
村井家に残された一色姉妹は広いリビングの中で身を寄せ合っていた。花音は村井に買って貰った新しい携帯で遊んでいる様子だったが、琴音の方は花音の様子を気にしている様子で携帯を持っているが気もそぞろだ。そんな姉の様子を感じ取った花音は携帯を弄るのを止めて顔を上げた。
「何?」
「……花音、大丈夫?」
「何が?」
今一要領を得ない姉の質問に花音は小首を傾げる。そんな彼女に琴音は意を決したように告げた。
「無理してない? お兄さんに変なことされてない? ちょっといつもと様子が違うから、気になって……」
「……大丈夫だよ」
返答までの微妙な間と曖昧な答えに琴音は敏感に反応した。
「大丈夫って……」
「私は、大丈夫。お姉ちゃんの方こそ無理してない?」
「私は……お姉ちゃんだから。大丈夫」
「うそ。本当はとっても怖いって言ってる」
震える琴音の言葉を切って捨てる花音。そして彼女は体勢を入れ替えてソファに座るとそのまま琴音を抱きしめた。
「お姉ちゃん、無理しなくていいんだよ?」
「無理、しないとダメなんだよ……」
花音の言葉に琴音は何もわかっていないと僅かな苛立ちを覚えた。しかし、可愛い妹を本気で怒ることは出来ない。震える声を抑えて琴音は努めて平静に告げる。
「花音、分かってる? お兄さんは私たちを助ける為に三億円払ったの」
「うん」
「私たちはそれを返さないといけない。でも、返す方法なんて……何も持ってない私たちはそれこそ、身体で払うくらいしか……ない、の」
言った。言ってしまった。自分で言った言葉が重く圧し掛かる。明確には言われていないがやるしかないこと。それは琴音の表情が晴れない原因だった。そんな琴音の姿を見た花音は静かに言い返す。
「……お姉ちゃんが嫌なら、私が」
「花音にさせるぐらいなら私が汚れた方がいい! 花音は私の大事な妹だもん!」
「お姉ちゃん、落ち着いて……?」
抱き締めたつもりが逆に強く抱き返され、花音は琴音を宥める。借金の返済。それは花音も少し考えていたことだ。だが、花音の見立てでは村井はそれを急がない。
しかし、花音はそう思っていないようだ。
「花音は私が守る……けど、返さないといけないお金を増やすのは、止めてほしい。前に友達から聞いた感じだと、一回で三万円くらいらしいの。だから、もうこれから毎日お兄さんにえっちなことしないといけないから」
花音の楽観的な予想に反して琴音は急いで借金を減らそうとしているようだった。しかも、具体的な計算にまで入っているらしい。
これはかなり由々しき事態だと判断した花音は自分の中でもよくまとまっていない不確定な情報を提供することで琴音を宥めにかかる。
「……あのね? お姉ちゃんを悩ませたくないから言わなかったけど……おにーさんは多分、私たち自体にはあんまり興味ないよ」
「え? どうして……」
疑問の声を上げる琴音。興味がないのにしっかり養ってくれているという不自然な状況は疑問を生んで当然だと花音も思う。その疑問に対する答えがないので花音は今の今まで情報を抱えたまま黙っていたのだ。しかし、大好きな姉が思い詰めているのを見て黙って見ていられるほど花音も薄情ではない。そのため、意を決して判断材料となる言葉を続けた。
「わかんない。でも、私があれだけ甘えてみせたのに何か困ってるだけで変な感じはしなかった。普通に視るだけじゃなくて触れて深く視ても同じ。嬉しいとか照れてるじゃなくて困るって感じなの」
(あれ、外のことを怖がってるだけじゃなかったんだ……)
思いの外、冷静だったらしい妹の強かな駆け引きに少し驚く琴音。
尚、花音は自信満々に駆け引きしていたと言っているが、実際は普通に怖かったという私情も多分に混ざっての行動だったりする。
ただ、それだけで花音はあれほどまでに見知らぬおじさんにべったりにはならないというのも事実だ。知らない大人の男など恐怖の対象に決まっている。姉を守るために花音も色々と考えて行動していたのだ。
「そうなんだ……」
「うん。ホントならお姉ちゃんも知っての通り、私の目で視ればわかるんだけど……おにーさんはとっても視辛い。だからああして触れ合って本心を探ってたの」
花音が自分の異能を把握していない時点で持っていた特殊技能でも確定情報が得られなかった事実を告げながら不安という態を装って彼に触れて詳しく調べていたことを白状する花音。
その説明を受け、花音の言うことが本当であるならば……そう考えたところで琴音は最初の花音の言葉に疑問が芽生える。
「じゃあ、お兄さんはなんで三億円も……」
「それがわからないから私は黙ってた。でも、お姉ちゃんが嫌なことを無理に頑張ってやろうとしてたから……無理するくらいなら、今言った方がいいと思った」
「ありがとう……」
自分だけが相手のことを思っていた訳ではない。そう考えると琴音にも周囲を見る余裕が少し生まれた。ただ、情報を共有した花音からすればここからが本題だ。
「でもお姉ちゃん、ここからが本題だよ」
少し距離を開けて花音は琴音の顔を見て告げる。
「おにーさん、私たちにあんまり興味なさそうなの。だから、今度は逆に何が原因で捨てられるか分からないんだよ」
「……や、やっぱり私が身体で……」
「それをするくらいなら私がやる」
再び混乱し始めた姉に花音はきっぱりと告げる。そんな妹の自己犠牲の精神を琴音は否定した。
「だ、ダメだよ。花音はちゃんと好きな人と……」
「……別に、おにーさんのこと嫌いじゃないし」
「えっ、うそ! 花音って、ああいう人が好きなの?」
極端な姉の思考回路に花音は少し色々と思うところがあったが、何かもう面倒臭くなったので花音は適当に答えることにした。
「……悪い?」
「いや、別に悪くはないけど……でも花音、いいの? 絶対もっといい人いるのに」
「……でもさ、私がおにーさんと結婚すれば借金ちゃらだよ? それに、おにーさん結構お金持ちみたいだし、家事も出来るみたいだから楽出来そう」
打算ばかりの花音の言葉に琴音は待ったをかけた。
「いや、借金はおいといてさぁ。本当に好きなの? 私は花音が幸せになってくれるならいいんだけど」
そこから二人の話は大幅に脱線することになる。しかし、行きつく先は借金と村井の行動原理と今後の不安だ。堂々巡りをして本線に帰って来た。
「うーん、お兄さんが私たちを助けてくれた理由……それがはっきりすれば私たちもどうすればいいか分かるんだけど……」
「多分。とりあえず、修行とかお手伝いとかしてればいいって言うのはおにーさんの本心なんだけどね」
「何か他に手掛かりは……」
部屋の中を探せばあるかもしれない。だが、村井から危ないものも多いから部屋の中はあまり弄らないように言われている。そのため二人は頭の中で情報を探ることを最初に行うことにする。
そこで思い当たるのは昨日の出来事だ。【昏き幽王の眠る町】と題された、危ないと言われた本を読んだ後の村井の言葉が花音は気になっていた。
(……あの本を読んだ後、おにーさんが私に苦労してるって言ったのは何で……?)
あの本を読んだ後に二人の生い立ちを何も知らないはずの村井が何故か花音と琴音に対して憐憫の感情を抱いていたのだ。読んでいる最中にも村井に複雑な心の動きがあり、どんな本なのか少し気になって覗いて見ようともした花音だったが、何か怖い感じがしたので止めたのがここに来て響いている。
(いや、あの時は私が無防備にくっついておにーさんがどう思うかを視る方を頑張ってたから……)
本人的にはあの本が怖いから、という理由よりも村井の内心を読むことを優先したという言い訳をつけて誤魔化しているが、詰まるところ現実に残ったのは花音が村井の身体に顔を埋めて本の禍々しさをやり過ごしたという事実だ。やはり、少しだけでも見ていた方がよかったかもしれないと花音は後悔する。
花音がそんなことを考えていると無言になった花音を心配したのか、琴音が声をかけて来た。
「花音? 大丈夫?」
心配している琴音は村井の心境についての手掛かりを特に何も掴めていなさそうだ。姉の心が良く視えている花音にはすぐに分かった。それはつまり、今考えがあるのは花音だけになる。
(特に何もないなら、ありそうなもので何とか考えるしかない……!)
花音の判断は早かった。彼女は姉にすぐに尋ねる。
「……お姉ちゃんさ、昨日、おにーさんに本を持って来てたよね?」
「え? あ、うん。何か持って来てって言われた」
「あれ、どこにあるか分かる?」
「お兄さんの部屋、だと思う」
(……あの部屋か。鍵と何か結界とかいうのがあるから入れない)
家にいる間、トイレを除いてずっと手を繋いでいた花音が唯一入れなかった普通の部屋だ。シャワーの時も一緒に入れたのにここには入れてもらえなかった。その時は本心からちょっと拗ねたものだ。
それはともかく、問題はあの本の方だ。花音が少し黙りこくった後、急に本の話をしたことで琴音は疑問を抱いて花音に問いかける。
「あの本がどうかしたの?」
「……あれを読んだ後、おにーさんが私たちに可哀想って感情を向けたの。それまでは困ってるって感じだったのに」
「どういうこと?」
「それを知りたかったんだけど……」
そこまで言ったところで花音は時計を見る。時刻は既に十五時半。村井が家を出てから三時間と少しが経ったことになる。
(……嫌な人のところに行くって言ってたし、すぐに戻って来るかも)
本を探し、読んでいる間に鉢合わせする可能性を考えた花音。取り敢えず、今日はここまでにすることにして姉にも了承を求める。
「あんまり急いで失敗して嫌われて捨てられたら元も子もないから今日はここまでにしよう?」
花音の言葉で今日の作戦会議は終了ということになった。琴音は妹が村井のことを好きになるように変な催眠術を掛けられた訳でもなく、色々考えてくっついていたんだなぁと感心したり安心したりした。
ただ、村井の方がこちらにあまり興味を持っていないという新事実を知ることで、二人には今後の行動をどうするかという新しい問題が生まれることになるのだった。
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