第12話 平穏な日常

 諸角に依頼した書類が完成し、その諸手続きが終了する頃。村井は自宅のリビングにあるソファでもう完全に自分の家のように寛ぐようになった姉妹に尋ねた。


「そろそろ学校に行けるようになったが……どうする?」

「いや」


 ソファに座っていた村井に凭れ掛かるようにして座っていた花音はそう即答した。彼女の生活スタイルを見るにこちらについては割と予想出来たことなので一旦保留とし、村井は本命である琴音に尋ねてみる。


「琴音は?」

「……まだ、怖いです」

「そうか……」


(まぁ普通そんなもんだよなぁ……)


 彼女たちの答えに村井は無理もないと思った。一生もののトラウマになっていてもおかしくはない事件に遭遇しているのだ。彼女たちのことを考える材料となる原作の小説では琴音はほぼ不登校の中卒で諸角の奴隷。花音は琴音の希望で一応、高校には通ってはいたが基本的に学校にいい思い出はなさそうだった。家庭環境が最悪の状態で学校に通ってもそんなものだろうし、人間不信気味の二人に集団生活を強要すれば歪みは確実に生まれるだろう。

 それでも村井は二人が事件を解決した後の生活を考えると高校卒業、出来れば大学まで通ってほしいと思っていた。そのため、ちょっとだけ現実を伝える。


「まぁ、行きたくなったら言ってくれ。高校進学とかを考えると中学二年生までには学校に通った方がいいらしいからな。無理はしなくていいしまだ時間はあるが、勉強はして学歴は持っておいた方がいいぞ?」

「はーい」

「……じゃあ、私は後二年おにーさんから勉強教えてもらう」


(中学の内容くらいは大丈夫なはず……教科書さえあれば、だが)


 高校中退の村井は花音の言葉に少し慄いた。しかし最悪、勉強は琴音に丸投げすることにしてその場はお茶を濁そうとする。だが、花音が目敏く気付いた。


「おにーさん、勉強苦手なの?」


 その問いに村井は少しだけ考えたが隠しても仕方ないと正直に答える。


「……色々あって高校中退だ。だから、命懸けでキツい仕事して稼ぐ破目になった。二人はこうはならないようにな?」


 自嘲しながら村井はそう告げるも二人は何て返せばいいのか分からなかった。微妙に重くなった空気を換えるため、琴音が無理矢理話題を変える。


「そ、そう言えば、お兄さん、今日はおばあちゃんたちに会ったんですよね? どうでした?」


 純粋な眼差しで尋ねて来た琴音。しかし、村井は勉強の話以上にその話題に触れて欲しくなかった。

 確かに今日は村井が引き取ることでほぼ決定している琴音と花音の監督権についての話し合いをしてきた。万が一、権利関係の問題になって騒がれないためだ。

 揉める内容になるかと思った村井だが、実際に行って話した内容は話し合いというにはあまりに一方的な向こうの要求の突き付けだった。


(……困窮する家庭に対してこれまで支援しなかった証拠として諸角が集めた二人の借金に関する証文とかも見せた結果、完全に借金取りだと思われてたしな……)


 今回の結論を言うのであれば彼らは息子と既に絶縁しており、琴音と花音など自分たちの一族にはいない。強請ゆすたかりには屈しないから話をするだけ無駄だ。出て行けというものだ。どうすれば柔らかい表現に出来るのか。


(二人を傷つけないように、だが余計な期待を抱かせて後で傷付くこともないようにするには……あー、そんな期待する目で見られても……)


 村井が黙っているのを受けて殆ど諦めているが、それでもどこか期待を覗かせている琴音の目。それを浴びながら村井は慎重に言葉を選んで答える。


「……あー、君らのお父さんが亡くなったことに激しく怒っ、いや後悔していて、後のこと、というより他のことは、特に考えられなさそうだった」

「……そうですか」


 琴音はもしかしたら仲直り出来て自分たちのことを……と思わなくもなかったが、村井の様子からそれは難しそうだと理解した。花音の方は村井から発せられるオーラのようなものに自分たちへの憐憫が多分に増えたのを受けて大体の内容を察した。


「……ん。大丈夫だから。分かってたことだし。ね? お姉ちゃん」

「はい。会うことも出来ないのはちょっと残念ですけど……大丈夫です」


(……俺も今は天涯孤独になって似たような境遇だけど、この子らの年齢ぐらいの時は普通に家族いたしなぁ……可哀想に)


 寂しそうに笑う琴音を見て不憫に思う村井。花音も無表情だが村井の手を引く力が少し強くなっている。何も思わないようにしているが、それでも無意識で思うところがあるのだろう。


(まぁでも、生きてるだけ儲けものだと思って頑張ってもらうしかない)


 二人が気にしないでほしいと言っているのに自分だけが気にし過ぎても益はない。村井は話を切り替えるために雰囲気を明るめにして言った。


「さて、じゃあ俺の方は今日はそんな感じだった。二人はちゃんと留守番の時に勉強と修行をやってたか?」

「うっ、うん。ちゃんと言われたこと、頑張りました」

「がんばったよ」

「そうか。ドリルと問題集見せて」


 言われてすぐに差し出して来る琴音。花音は村井を引っ張ってドリルの場所に移動する。ただ、流石にそろそろ村井も花音に振り回されっ放しというのも何だなと思い始めたようでドリルを受け取って内容に目を通しながら花音に告げる。


「花音……そろそろ家の中でくらい手を放してほしいんだが」

「ずっと一緒にいてくれるならいいよ」


 間髪入れずにそう告げる花音に村井は妥協出来そうなラインを攻めてみる。


「んー、要するに離れるのが怖いならちゃんと見える範囲にいるなら大丈夫だろ?」

「……がんばる」


 しゅんとしながらも頑張ると言った花音の頭を撫でて褒めた後、琴音の方の課題も目を通す。


(まだ全然大丈夫だな。分かる範囲だ)


 別方向に安心している村井。軽く例題を出しても琴音は何なく答えたので琴音の方も大丈夫だと判断した。そのため、彼は次の課題を口にする。


「じゃあ修行の方だけど……まずは全身纏衣ぜんしんてんいから。全身に異能を宿して」

「はい!」

「うん」


 この異能の操作は少し前からやっていたことだ。全身に意識して異能を宿して回すことで身体能力向上や敵の異能から身を守ったり、自身の内部を整えたりすることが出来る。これは異能を扱う者にとっての基礎だ。村井からそう教えられている二人は素早く、そして難なく全身に魔力を展開する。


「流石。じゃあ次、局所纏衣きょくしょてんい。言ったところに異能を纏って」


 これは最近始めた修行。異能の力が多い二人でも常に全身に異能を宿し続けるのは効率が悪いということで行っている。ついでに異能の制御訓練も兼ねることが出来るため、一石二鳥だ。


(……凄い才能だな)


 村井が言う場所に次々に魔力を宿していく二人。真面目に取り組んでいる彼女たちを見て村井は内心で舌を巻く。二人とも才能がある上に努力家で、文句のつけようがなかった。


「花音、頭って言ったからって魅了するな。それは顔だろ」

「おにーさんが私のこと見てないで別のこと考えるから……」


 いや、多少の文句の付け所はあった。だが、それでも十二分に合格を出せる範疇の出来栄えだ。


「よく出来た。これで残す基礎は『移し』だけだな。今日頑張ったし、明日は日曜だから休みとして、明後日からは物体に異能を宿す練習だ」

「おにーさん、明日はどこか行く?」

「明日は休みだ。何もしない。家にいる」

「そっか」


 そこで花音は琴音に視線を向ける。事前に定めたアイコンタクトだ。琴音は村井がいない間に話していたことを実行に移すため、何気ない風を装って口を開く。


「じゃ、じゃあ私も家で本を読みたいです。お兄さん、本を借りてもいいですか?」

「……内容による」


 この時点で警戒されていることに気付く琴音と花音。しかし、ここで話を終えるのも変だ。一か八かで琴音は切り出した。


「この前お兄さんが読んでた昏き幽王が何とかって本、見たいです」

「あれはダメだ。危ない」

「……そうですか」


 しょんぼりする琴音に村井は一応、本の由来について説明しておく。


「あぁ、あれは見た目は普通の文庫本だけどある邪神が持ってきた本だからな。最近出来た神話体系の邪神だが、日本の神様は割と緩めな方々が多いからそれなりに暗躍されてる。下手な扱いをしたら最悪、死ぬより辛い目に遭わされるかもしれない」

「そうなんですか……」

「あぁ。その他にも危ない本があるから俺の部屋には入らないように。いいね?」

「そんな怖いところにいないで。怖い」


 せっかく離れた花音が再び村井の手を引く。村井はこれは自分の落ち度だなと思いながら花音を抱き抱えた。


「わかったわかった。取り敢えず、落ち着くまではちゃんと琴音と花音と一緒にいるから」

「約束」

「はいはい。琴音も、読みたい本があるなら今日は電子書籍で我慢してくれ。普通の本が欲しかったら別の日に買いに行くから」

「わかりました」


 一色姉妹の思い描いた通りの結果は得られなかったが、大きなトラブルにもならずに済んだ。こうしてこの日も平穏に日常が過ぎていくのだった。




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