第35話 ユーミの帰還

あたしはマリんぬ。海賊船……ではなく太陽系宇宙連邦軍ダナーンズ内惑星系火星方面軍第2連隊所属駆逐艦ブリギットの船長だ。


昨今外惑星系におけるキナ臭い動きの背景に木星に展開中の第七連隊が関与しているのではという疑いが濃厚になり、正面からの視察として旗艦ユピテリーナへと乗り込んだ。


連中は首魁のパピプッペポ・ザイログ以下非常に協力的で、ガニメデに移設中のアルフェイム研究所まで隅々を案内され隊の規模、独自に調達可能な物資他兵器の年間生産規模までつまびらかにデータを提供してくれたのであった。


必要な情報を手に入れ、任務の達成を確信したあたしは帰還しようとユピテリーナを出港したが突然新戦隊への帰属と戦隊長の赴任を言い渡され……今に至る。



「それで……どんな感じだったんですか?」


目の前では、歩く殺人ハリケーン同然のハイティーン女子、ユーミちゃん……なぜ戻ってきたの……が興味津々といった体でソファから身を乗り出しゾラ戦隊長殿と向かい合っている。


「そうね、なんていうか……相手の求める自分に成りたい、って……あ、アレよ!カウンター取る誘いで肩入れたり視線落としたりすんじゃん」


カウンター……え?コイバナじゃないの?何の話?


「解ります!」


わかっちゃうの?!


「あんな感じで無駄に抗ってみたり、特に求めに対しての”いやッ!”がすんごい効果的だったわ」


突然寝技の話しに飛んでるんだけど……


「ええ……あッ!あたしも腕やお尻に手を掛けられたりすると叫んじゃいました!」


「えー、じゃあ相手の男もめたっくそに猛っちゃったんじゃない?」


ユーミちゃんはなぜか赤面すると、俯きながら言った。


「いえ……その、無意識に蹴ったりしちゃうので……」


恥ずかしそうに両の人差し指をくっつけたり離したりながら……え?なんかコレ中世の漫画でみたことある……たしか少女向きのやつ……ユーミちゃんは次第を語った。


「ああ……そういう無礼へのリアクトじゃなくって、あくまでも欲しい男をいい気にさせるためのフェイントなのよ」


「うーん……あたしは男の子だったから、あんまり男の子に欲しい……そういう欲求は感じないかな。でもゲツとあなたみたいな関係への憧れはあります」


おっ、ゾラ戦隊長殿のそういうお相手?向こうの兵士かしら……いいわね、敵と味方。命の境界で燃え狂う恋の炎!


「え?アイツとあたして絵に書いたようなバカップルじゃない?あんなのでいいの??」


……は?プラトニックじゃないの?


「え……とてもステキでしたよ?ゲツがあんな……ナイトみたいに見えました!」


恋に恋する乙女の印象でナイト……どれ程の美少年……いや、お相手なんだろう。


「はー……アッサリ叩き散らしといてよう言うはアンタ!」


え?叩いた……多分ビンタじゃなくって貫手とかよね……ええ……


「ウフフ……帰ったらしっかり修練させます!男の子なら女の子を守れるくらいにならないと」


え?なんなんその観念……あたし守られるどころか百人規模のむくつけきおじさん逹養ってんだけど……!


マリんぬのなかで、美少年ナイトをうまうまと手にした(暫定)ゾラへの嫉妬がほの暗く燻り始めた。


燃えながらも泥々と流れ続ける嫉妬のマグマと化した船長を前に、ゾラは楽しげに笑うユーミに笑いを返しながら、ゲツのその後の苦難を想像し脳内で彼に謝っていた。


二人はひとしきり笑いあったあと、ソファへと深く身を沈める。


「帰る気になったんだ」


ゾラが呟くと、はい、とユーミは頷いた。


「やっぱり、手を出すのは初めの一回だけにしよう、って思うんです。そのあとは、ちゃんと次第を問い詰めないと……って」


「問い詰める」


「はい。人間には言葉があるんですから……バリドロム艦長の受け売りですけど」


彼女はそう言い、笑って立ち上がった。





なんかわからんがあーしの男のハナシを聞いて戻る気になったらしい・・・ゲツ、ごめん・・・w


「ふふ、マリんぬ船長にお礼を言ったら……あたし、帰ります」


「……そうだな」


あたしはエアコムで船長を呼び出す。


「船長、ユーミが帰るそうだ。礼を言いたいそうだから代わる……」


「『はっ!早急に格納庫へ向かいます!』」


「え?なんで隣からも声が……って、そうだった居たのよ」


ユーミが地蔵のように無表情になっているマリんぬへ問う。


「見送ってくださるんでしょうか、なんだか申し訳ないです」


「フフ、手厚く送ればイザという瞬間、トリガーにかけた指も鈍るでしょう。作戦ですよ」


「情けの躊躇いは戦士に対する侮辱です。その時は安心して粒子砲弾を受け取ってください!」



ユーミの爽やかな笑顔、その純真無垢な輝きと自らの死の想像の齟齬にゾラとマリんぬは暫し硬直した。



ユーミを送り出しは、駆逐艦規模としてはとても華やかなものになった。

暗黒の宇宙空間に飛び交う信号弾を改編した花吹雪の輝きに、新着の見習い扱いに落とされたジュリアン候補生が呟く。


「今の女……ヴェーダのスーツと機体ですよね。スパイですか?」


問われた教官……を勤める整備士は答える。


「ああ、お前は知らねえのか。ユーミちゃんだよ、この船に乗り込んで……いや、ゾラ隊長が拾って来た時は男だったんだけどよ……」


そこからはジュリアンの耳に入らなかった。

彼は脱兎の如くリーゼの駐機ハンガーへ飛び出し、勢い余ってラダーへ頭部を強打しそのまま意識を失った。



彼のそれなりに長い金髪が、なんとなしに美しい男の儚さを演出しようと悲しげに煌めいていた。

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