第24話 ユーミちゃんと家庭の事情
「あの、あたし……どうしたら」
白い美少女が赤い目を伏せ、細く震える切ない美声で憂いのたけを述べている。
周囲には、拘束しようと接近した軍憲とそこらの男逹、ついでにナリスが倒れていた。
「正に死屍累々……あんたさー、コイツら
「だって……男の人って怖いんですものッ!」
両手で顔を押さえ、嗚咽を始める。
……うぜえ……
心底疲れた視線を船長と交わしあってしまった。
(どーすんのコレ)
(どーしましょうね……)
船長はゆっくりとユーミちゃんに視線を戻すと、ハッとしたように目を見開いた。
「ちょっと、あなた!怪我してんじゃない、見せて」
タタっとブーツを鳴らし駆け寄って肩を抱き、ユーミの顔を覆う手を優しく剥がす。
白魚のような、という生で魚を見たことすらないあたしの頭に修飾表現が浮かんでしまうほどに華奢で壊れそうな白い手の拳骨の皮膚が剥がれ、赤い輝石のごとく出血が煌めいていた。
……ええっ?!あのゴッツイ拳ダコとか装甲みたいな爪は?!
「ひどい、皮が剥けちゃってるじゃない……こんなになるまで」
いやいや船長、周りで血まみれになって倒れてる奴等見てから言おうよ……特にあそこでアゴ抱えながら痙攣してるヤツ、絶対に割れてんだろ介抱してあげなよ……つーかそっちの方が仲間でしょ?!
船長はエロ声で泣き濡れるユーミちゃんの肩を抱き抱き、奥の通路へと連れていった。
広い格納庫内に残されたのは、あたしと36人の死にかけた盗賊逹だけだった。
エアコムを開く。
青い電光と共に白い装束の男が宙へ現れる。
「はい、こちらメディックER」
「打撲骨折、開放系の傷創をうけた者逹が36人、第一格納庫だ」
『わかりました。収容場所がないので其方で処置を開始します。できたらトリアージをお願いします』
切れた。
トリアージてなんだろう……
呻き、痙攣する男逹を眺めながらパピプッペポ様のお言葉を回想する。
『ゾラよ、こやつと共にヴァルナへ乗艦せよ。ヴェーダのニュリンクどもを見極めるのだ』
敵艦に乗船?あの取り返しのつかない肉体へ変質してしまったユーミちゃんと?
それはちょっと無事ではすまなくなくなくないない??
肉塊に体を捨てた後は敵に命をーーーー
あたしの人生ってなんだったのかなあ、などと俗物逹に染まった精神から漏れだした自分という都合本意の戯れ言が漏れだしてしまった。
……気づけば格納庫内には幾つものテントとベッドが設営され、野戦病院がごとき様相を呈していた。
そこかしこで忙しなく隊員が駆け回り、傷病者の緊急度を判断し、搬送あるいは判定カードの表示がエアコムによって空中にマーキングされる。
あたしの目の前を、担架に載せられたナリスが横切って行く。
「あいつは美しすぎる、危険だ……ライアンッ!助けてくれ……」
……は?我が隊の最大戦力が没った?
これじゃ殲滅どころか次の出撃さえ覚束ないじゃん、休戦の申し込みと人身御供か……
あたしはノロノロと船長を追い医務室へと重い脚を進めた。
・
・
・
「ヴァルナに帰す?わたしをですか?」
ベッドに腰掛け、船長手柄らに包帯をマキマキされているユーミちゃんが喫驚の様相をあたしへ向ける。
……腰折ってるは脚は揃えて崩してるは、イチイチ胸に手を抱える仕草といい…コイツマジで数分前まで男だったの?
ほんとユニオンやヴェーダの新兵器だったりしない?
男スーツ……いや、被ってるのは女だし、女スーツなの?
いや、被るつったらナリスだろ。
でもあやつが言うには女なら誰もが身に装う当然の本能に根差した擬態とかつってたし……
「あの……」
惑うように首を傾け、ナニかを伺う視線を遠慮がちに向けてくるその白百合の如く可憐な姿に、モヤモヤムラムラとした熱い衝動がお腹の辺りから滾ってきた。
「…ちょう……ゾラ隊長!」
目眩と共に、視界に船長の乳と顔が割り込んできた。
「ああ……なんか世界がグラグラ揺れてると思ったら……船長か」
肩をガックンガックン揺すられてた。
「ゾラ隊長殿、捕虜の手当ては終わりました。速やかなる作戦の開始を具申します」
いや、帰艦したばかりでもう出撃?
うちの戦隊ってそんな切羽詰まってた?
「あ、ああ解った。シャワーを浴びたかったがこのまま出よう」
「ユーミちゃん……この娘は危険過ぎます。負傷したリーゼレーターの回復分に一週間……最低でも三日は休戦期間をもぎ取って下さい」
「いや、それはムリだろう船長。こちらのリーゼ隊が全滅とあらば直ぐにでも艦隊戦を仕掛けてくるだろうし……猶予期間はこのユーミが敵に我が艦の内情をさらけ出すまでだ」
船長がマジ顔で口を開く。
「そこは脱ぐなり踊るなりで時間を稼いでください」
「えっ……そんな、あたしなんかが脱いだって」
ユーミに船長……今ここの三人の内、一番女としての戦力が低いのがこのわたしだ。
視線が落ちてしまう。
「あ、それです!あたしなんか系の諦めた笑いで自虐ムーヴ!これは男共の獣欲を刺激しますよ!」
「え?マジで?」
あたしはもっかいやってみた。
「あたしなんて……っ」
「あ、なんか一気に嘘臭くなりました……これは封印しましょう」
「ダメか……短い夢だった」
船長は腕を組み、あたしにむかって厳かにのたまう。
「芝居であって芝居ではない。この奥義を掴むまで擬態は控える……いや、使うべきではないでしょう」
「芝居じゃないの?え、でも擬態だからお芝居的な…フェイントモーションと同じじゃないの?」
「同じです」
「だったらリーゼのマニューバで勘所は掴んでいる、使えるハズだろう」
「……その勘所とは?」
「重心だよ、マスの載らない攻撃や回避の機動は四肢の動きにどうしても違和感が出るからな。いくらスラスタの噴煙などで偽装しても高ティア戦では全く通用しなくなる」
「成る程。……女の擬態において、その重心に相当するものが感情です」
「感情?……感情とは、本気でなければ動かないものじゃないのか」
「本気になる、それが芝居であって芝居ではない……その真髄、奥義なのです」
「す、すごい……全然わからない」
船長はフッ、と笑みを浮かべ目を閉じた。
「経験を積むことです。まあ、手っ取り早いのは恋ですね。すべてを捨てて追いかけたいと思うような男を見つける……なんて突飛なのじゃなく、普通に等身大の相手といちゃLOVEしてたらいつの間にか獲得できますって」
フツーか。
あたしら兵士のフツーてなんだろう……いや!フツーだ。
フツーなんて考えるもんじゃないのよ!
「わかった、ありがとう船長。・・・よし、ユーミ!行くわよ、あなたの船に!」
なんかめたくそ気が楽になった!
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