第25話 ヴァルナ

「これがパピプッペポ様の直筆署名です」


あたしは敵艦ヴァルナへ休戦の条項を記した電子ペーパーをこの艦の最高権限を持つ男、艦長のバリドロムに手渡す……え?


「受け取ろう」


「直々に……光栄です」


思わず声が8度上がってしまう。


「ん?いやいや、使者という誇り高き役目を負う者に城主が応じるのは古来より変わらぬ戦士の礼儀というヤツだよ」


「……しかしそれを逆手に大将首を狙うも古来より変わらぬ戦の常道でありましょう」


「フフ、獲るかね?」


「いえ、生きて帰りたいですから」


「戦士は職業になり名誉も勲しも金に替わって三千年……それでも殺しあいは無くならん。どう思うね」


艦長は書状に目を通しながら世間話を仕掛けてくる。

えー……パピプッペポ様の直筆署名入りなんだからもっと気を入れて読んでほしい。


「いえ、私個人としては特に何も」


「はは、済まんな。年を取るとどうしても繰り言が増える。戦争を終わらせられなかった身であたら若い命が、などと……ね。我ながら烏滸がましいよ」


言いながらポンッ!と、署名だろうか……宙に固定した条約書に握り拳程の大きさの印璽で捺印した。


「一週間の休戦と捕虜の受け取り、そしてその間の君の大使として艦内の遊覧……全て認めよう」


「有り難う御座います」


受け取りエアコムで回収、ブリギットへ送る。

そして敬礼……?!


「よろしいのですか?!」


「?なにが、だね?」


「戦力比では圧倒的に有利じゃないですか!なぜあたしを排除し攻撃に出ないのですか?!」


「殲滅戦ではないんだ。君たちは手強い、憎しみも無いとは言えん。しかし対話のカードというものは差し出されたらば受ける。無論、できうる限りだが…ね」


えー……うちらの戦力は全滅中とはいえ回復可能な人的負傷のみなんだけど。


「バリドロム艦長……素敵です」


うっとりとしたため息のような感嘆が背後のミーユから発せられた。


「ふふ、可憐なお嬢さんにそう言って貰えると感慨も一入だよ」


そーだよ、コイツの説明がまだだったわ。


「あの、すいませんこの子についてご相談があります」


「うむ。我が方でも君の機体がミーユ君のシェルを鹵獲した映像を捉えている。後ろの彼女はミーユ君と似た特徴を備えているが、流石に彼だとは言うまいよね?早速だが捕虜の交換交渉に入りたい」


「うっ」


のっけからバリケードを張られてしまった……


「……いえ、むしろユーミ君の生き別れの妹で行こうと思ったのですが」


「ダナンの服を着てそれを言うのかね?サインの前に色々と耳触りの良い御託を並べたが、今のサインも彼の命をと思えばこそだ。彼の家族を失った不手際は、我々にとって重いものになっているのだよ」


バリドロム艦長の強い眼差しがあたしを射る。


ユーミの家族、父母妹はレグナツァイ強奪犯ユーミを捕獲の為の活き餌として使用され、不慮の事故によて宇宙の藻屑どころか事象の地平の先へと消えていった。

記録映像だったが、宇宙空間に長く残された彼らの末期の姿は忘れられない。

カラオケのマイクを三人で奪い合う姿は……


「はい。実は生きてたニャーン☆なんてオチで戦力の復活まで延ばせないかと愚考しておりました。しかしユーミ本人が……」


突如男子のイキり声もろともに飛来したパンチを避ける様によってあたしの言葉は途切れてしまった。徒手格闘訓練の条件反射のままに膝を沈め、目前に割り込んできた顔面、その下顎に伸び上がりながらの掌底を入れてしまう。


「あれっ?」


手応えはあったのに、スカッと振り抜いてしまった。

前進しつつ伸びた体で上方向にスウェーできるとかどんな達人が?!


しかしあたしの横を泳ぐように宙を掻きながら、男……小さい?…の体はブリッジの床にどうと倒れ付した。


「きゃっ、ゲツ?!」


きゃ、なんて悲鳴、女の城に三年勤めて今初めて聴いたよ……


目の前に倒れ付した男……ああ、同世代くらいか、少年を見る。

両ヒザを床へ揃い付き、仰向けにした少年、ゲツと言ったか……のアタマを膝に乗せるユーミ。


「その、この子供は…いえ、あたしよりは大きいですけど、一体?」


「十七才、これでも一端のパイロットだよ。クルーの家族を獲られた痛みを僅かでも……と静観を決め込むつもりだったのだが」


バリドロム艦長が制帽……まりんぬ船長のバイコーン見慣れてっからやたら地味に見えるわ……のブリムを摘まみ、僅かにずらした。


……あっ?!処刑のサイン?!?!


「修羅場はくぐっているのだな、その歳でも」


笑みを贈られた。


「恐縮です」


素拳の捌き合いの反復練習が偶々出ただけなんだけど、称賛かどうか微妙な評価は兎も角、笑顔は頂きました!


「ゲツ、起きて……可愛そうに」


細く煌めく絹糸のような声音で語りかけながら、目を回す少年の顔を優しく撫でているユーミに言う。


「ねえ、あんたもなんとか言ってよ。なんか証明できるつってたじゃん」


ユーミはキッとあたしを睨む。


「ゲツは兵士じゃないんです。手加減してあげてください!」


「なに?あんたの舎弟だったの?」


パイロットとか言ってなかった?

なんで一般人が軍艦に乗って宇宙戦闘機で好き勝手に殺しを楽しんでんのよ。


そこで初めてバリドロム艦長がおや?と言うようにユーミへ興味を示した。


「君はなぜゲツを、しかも直近の身元を知っているのだね」


「いやー、ユーミから引き出した情報を直ぐ過去の出来事のように感じる短期記憶野に焼き付けてですね……」


あーしの雑な言い訳を遮り、ユーミが言った。



「……艦長、クロード大尉を呼んでください」




……誰?




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