第6話 出撃

前回の任務で共に死線を潜り抜けた愛機、肉色のゾカIIでデッキへ上がり、カタパルトを踏む。


「ゾラ・ソラビアレ。発進態勢を取りました。発射願います」


『こちら六番オペレータ。貴官の出撃予定リストが無い・・・いや、少尉。あなたの名はデストロイヤーの乗船リストにあるぞ』


「駆逐艦で?・・・おかしいな、部下の補充は無いって・・・艦名は?」


『ブリギットだ、です。出航時間は・・・今、16番ドックより出航中です』


「了解。カタパルトはいい、このままスラスターで合流する」


『わかりました。グッドラック』


通信が切れ、右下に表示されていた赤毛の男が消えた。


・・・?あ、思い出した。

あたしを負傷に気が付かせずに格納庫まで誘導してくれた人じゃん。


はぁ、次の部下は男の人がいいな。

なんとなく差別意識的にやさしくしてくれそうだし。


星明りの中を飛び、拡張感覚に反応した宙域の艦影を照会する。

艦名ブリギット、クラスはデストロイヤー・・・これだ。


「こちらゾラ・ソラビアレ少尉。着艦したい、誘導してくれ」


『こちらブリギット。後発航期のりおくれ?は銃殺刑だ』


「かまわん。誘導波を捉えた、着艦シーケンスに入る」


『了解。オートランディング、もういいぞ。楽にしてくれ』


切る。


星明りに紛れた輝点へとゾカIIが誘導されてゆく。


スターシップは尉官で運用可能な装備ではない。

最小の駆逐艦でさえ佐官の指揮下、尉官のオペレータとリーゼレータ妹ではない、下士官の戦闘員、兵隊と百名規模の隊となる。


あたしの任務は・・・ヴェーダの宙巡ヴァルナを追尾、撃滅。

佐官であろうキャプテンを動かせるのだろうか。


ブリギットの艦影が肉眼・・・リーゼの拡張視覚二眼ステレオセンサーで捉えられる辺りで、その背後の星の海に違和感を覚えた。


「ブリギット、こちらゾラ・ソラビアレ。結界内にとどまれ、アンブッシュされている・・・かも」


思わず曖昧な感触をそのまま伝えてしまった。


『パイロットはみな同じことを言う。コンシーラの反応や電磁的欺瞞映像その他も皆無なのは確認済みだ。尚危険があるというなら検討に足るデータを送ってくれ』


「わかった、着艦シーケンスを解除。ゾラ・ソラビアレ少尉、先行して宙域の安全を確認する」


『心配症だな。キャプテン!新任の少尉が・・・え?コマンダー?!少尉なのに・・・わかりました。ゾラ・ソラビアレ少尉、こちらでは貴官をコマンダー、戦隊長と認識している。艦は少尉の命令あるまでユピテリーナ結界で待機する』


「わかった。切るぞ」


ブリギットのオペレータの顔が消える。

・・・ホントはシールドの厚いあんたらを囮に出したいんだけどな。

通信の間、僅かの違和感が電磁ソースやデブリの存在として具体的な輪郭を帯び、17個の脅威的不審としてロックオンされていた。


「なぜブリギットの出現位置を確定出来ヤマを張れたんだろう・・・まぁ、シェルを何個か回収すればわかるのかな」


帰還時のバトルレコードを呼び出し、同様のコマンドマクロを実行する。

小口径精密高速射撃モード。

ユピテリーナの欺瞞結界内から3バーストを17連射する。

11個の爆炎の花が煌めき、7つの重粒子砲弾の光線が殺到してきた。


あ、一機見逃してた・・・。


51発分の射撃慣性リコイルは機を射撃位置から遙か後方へと後退させていたが、全ての砲撃が正確にあたしの位置を予測偏差で追ってくる。


「帰還時の戦闘データを取られている・・・?木星にねぐらを持つ部隊なの?」


右肩の固定シールド、左腕のリアクティブバインダーを駆使して豪雨のように殺到してくる粒子砲弾を捌いてゆく。

もちろんマニュアルではなく、旧ザイオン軍エースパイロットの神がかり的なパリングスキルを模倣したディフェンスのオートマクロだ。

両マニピュレータやグラビティフォールから伝わる重く激しい重力子振動の中、思わず呟く。


「ネットで拾っておいてよかった・・・」


シールドが融解し装甲マテリアルが液体となって光へと飛散を始める頃、被弾で得た莫大な慣性質量を推進へと回生した愛機をCの字へ包囲を描く敵機編隊へと突撃させるべくメインスラスターを点火し、両足のスロットルを踏み込む。


距離的に最早光の速度を超えて加速を続ける自機は、敵の豪雨のような粒子砲弾の着弾を全て後方へと置き去りに進んでゆく。


「これは・・・いや、最小に絞った低質量弾頭なら」


機体速度がゾカIIが握るガンの粒子砲弾速度を上回りトリガーがロックされた状態から、口径と質量を設定限界を超え最小に絞る。

条件付きで、トリガーロックが外れた。


普通に撃てば装甲表層に傷が入るかどうか、といった威力の弾丸を、7つ発射する。


同時に、自分が発射したその粒子砲弾をかいくぐりながら敵編隊のCの字中央を通過。


左右のスロットルを踏み変え、急旋回。

背後を向く。


7つの敵機が爆炎の花びらを散らし果てる姿を眺める。


「・・・ニャア・アズラエルだっけ・・・巫山戯た名前なのに、こんなマニューバを編み出すなんて」


しかも実戦闘で。


七機の爆発は火の玉となり、未だ発熱の輝きを放出している。

恐らくあまりの高質量のエネルギーを被弾し、全てが熱へと還ってしまっているのだろう。

・・・・・あれほどの小威力の粒子砲弾で。


「恐ろしい」


自分の震えた声を耳にして、心底からの怯えに体が震えてしまった。



『・・・隊長、ゾラ隊長!やりましたね、凄い活躍でした。ハハ、まるで全大戦の英雄もかくや、って戦果にみんな盛り上がってますよ!艦長まで脱ぎ始めちゃって・・・』



ブリギットのオペレーターへ曖昧に返事を返しながら、こんな恐ろしい戦術を常套とする未だ見ぬ敵たちとの邂逅を思い・・・心は茫漠の深く広い闇をさ迷うのだった。

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