第5話 ゾラ小隊長殿

「お前達・・・考えの無いことを」


ニナイの声に肩を落とす衛士の二人。


「しかし・・・」


「お姉さま、コイツは我々を!」


三人が立つその足元に、血にまみれたゾラが付していた。

鼻や頬が陥没し、手足も逆に曲がったその姿は壊れた人形を思わせる。


その薄い胸が、血泡を吐き出す間抜けな音と共に上下していた。


「チッ、生きてるか・・・」


ニナイの顔が舌打ちと共に歪んだ。

彼女は中空に指を躍らせると、ピンク色の煌めきと共に緊急救護隊の受付が投影された。


「負傷者だ。顔面の陥没、血の泡を吐いている・・・私の部屋の前だ」


『至急向かいます』


エアコムの映像の中白いヘッドギアに黒いシールドの人間が応答すると、数秒で白衣の男たちが現着し、ゾラを担架へ乗せ素早く移送してゆく。


「お姉さま、何故・・・」


「わたしの前で殺せば、それは処刑だ。パピプッペポ様に功があった者を刑に処すなど・・・あの方への看過できぬ裏切りよ」


「その言葉を手繰れば、私たちは」


ニナイは瞑目し、二人へと宣言した。


「お前たちは伍長へ降格。ヤツの部下となって戦場へ出ろ」


「お姉さま!それは・・・!」


「伏して従います」


不満を上げた衛士が従容と頭を垂れた片割れへサレットの羽飾りを揺らした。


「ナナ?!」


「ニナ、理解わからないの?」


ナナと言われた女が片割れを睨む。


「あいつにもう戦功は稼がせない。そして機会を探して―――――」


ナナの言にニナは何かに気づいたように僅かに息を漏らすと、嗜虐味の漏れる笑いに顔を歪ませた。


「お姉さま、わかりました。ご期待ください」


ニナイは緩く波打つ金髪をかき上げ、満足そうに頷きながら言った。


「追って装備の支給とリーゼ搭乗演習がある。それまで自室で謹慎だ。行け」


「「はっ!」」


二人は敬礼を返し、素早く去ってゆく。


ニナイは血に汚れた廊下から室内へと戻り、長椅子へともたれる。

目前にメイドたちが低いテーブルとグラスワインを置き壁へと控えて行った。


ルビーのような赤を室内の光源へ透かし、呟く。


「どいつもこいつも使えない・・・死んでいれば奴らの処分だけで終わったものを」


ワインを呷り、グラスを振り上げた後逡巡し・・・音なくテーブルへと置くと、柔らかなソファにそのまま身を横たえ、彼女は目を閉じた。











「回復直後にもう負傷かね」


目が覚めると、そこには脚の処置でお世話になった医師が立っていた。


「あっ、先生!申し訳け・・・うっ」


体中に煮えた鉛を流し込まれた(未経験だけど…)ような熱さに硬直し、息が止まってしまった。


「顔面とその周辺の再生は終わっているが、その分体が遅れている。・・・しかし惨い負傷だった。リンチかね」


「いえ、生き残った無様と臆面も無く帰投してしまった恥を雪ごうと衛士を挑発したのですが・・・また・・・先生にご迷惑を」


先生はため息をつくと、立ち上がった。

長身が室内灯を隠し、表情がわからなくなる。


「かまわんよ、仕事だからね。・・・しかし自らの恥がどうだ、などと・・・封建領主にでもなったつもりなのかね」


「いえ、私は自身がパピプッペポ様の汚点になるのが我慢ならなくて・・・あれ?そうですね。徹頭徹尾あたしの都合しか……感情しかありませんでした。こんなもの忠誠でも何でもない・・・なぜこんな思考になってしまったんだろう」


呼び出しを受け、将官との接見に惑い、期待し衛士の嫌味に優越感を・・・ああ、そうなんだ。


「誘導されたようだね、心を」


「はい・・・お恥ずかしいです」


「16歳か。年齢で見れば技術も精神も空恐ろしい成長だが・・・ね。お行儀よく競争している訳ではない、ということか。不憫だよ」


先生の大きな手が、さわさわとあたしの頭を撫でてくれる。


「ふふ・・・気持ちいい。ありがとうございます」


思わずお礼を重ねてしまった。

先生は身を引くと、その顔に柔らかな笑みを浮かべながら振り向き去って行った。


尉官であるとはいえ、医師が患者のベッドに就いてくれるなんて。

―――――たしか先生はリーゼの・・・なんだっけ、粒子砲の差し合いの鑑賞がお好きだと聞いた。


ふふ、仕事で恩を返せるなんて。わたしはなんて恵まれているのだろう。




一週間という時間をかけ、身体中の分子自働機械達が修復と最構造を終え、私は軍務へと復帰した。


私は小隊長として二名の女の前に立っていた。


ニナイお姉様直々のお引き合わせでこの執務室へ入って以来、この二人は全く言葉を発していない。


目の端でニナイお姉様が、新しい黒檀の天板をコツコツと叩く音が冷たく響いている。


ため息を吐き、目を伏せる。

二人の顎が上がり、重心が踵へと移るのを目下二人のブーツの膨らみで確認する。


左腕をあげ、手のひらを開きつつ右手でホルスターから拳銃抜き、発泡。

反動で身を後退させつつ二連バーストショットを10回行った。


血と硝煙の匂いが立つ 。


「一度だけ聞いてやる。お前達、名前と階級は?」


二十発分の連続した破裂音により耳が遠くなっていたせいか、少しだけ大きな声になってしまった。

恥ずかしい・・・


顔貌がわからなくなるくらいまで損壊した二人の頭部を確認し、ニナイ姉さまを向く。


お姉様の天板を叩く指が止まった。

敬礼する。


「復讐の機会を与えてくださり感謝いたします」


「なんの事だ?部下の補充は無いぞ。さっさと出動しろ」


「はっ!」


踵を打ち鳴らし、背を向けて退出する。

再び部屋内を向き敬礼。


閉まるドアを確認し、更衣室へと向かう。



脚が弾むように軽く動いた。







ニナイは二人の死体を処理させながら、椅子へと深く沈み込む。


「はぁ〜、あたしも撃たれるかと思った」


黒檀の天板にワインが置かれる。


「赤・・・この血の臭いの中で、か?」


バトラーは白ひげを歪み笑ませ言った。


「戦乙女の血は良き肴になると言います」」


「どれ・・・」


グラスの優美な脚を掴み、数回廻し立てた香りを吸い込むニナイ。

目を閉じ、中身を全て喉へと流し込んでゆく。



「・・・うん、悪くは無い」



バトラーは一礼し、グラスを下げた。




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