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不快感は、あるかね?できうる限り、気は遣っているが。
「いいえ、特には。でも変な感じですね。頭の中のひとり言に、返事が返ってくるような」
素敵な表現だ。君はまだ若いから、頭の中でのひとり言ができる。もう十年すると、そいつは口から出てくるようになるぞ。それこそ、思ったことを、思ったままに。ね?
「気をつけるようにします。俺はおそらく、皆が思っている以上に気性が荒いところがあるので」
感情表現が豊か、と言い換えるほうがいいな。自分で自分を褒めることも大切だ。それにしてもペルグラン君。いつから、俺になったんだい?きっと、女の子に言われたんだろう?かっこつけちゃってさあ。
「大当たりですよ。同期の女の子。男らしいの、好きみたいでして。俺に俺を押し付けて、ガブリエリに紙巻を押し付けたんです。だからお仕置きに、ガブリエリが皆の前で、とんでもなくかっこつけて口説いてやってましたよ。可愛かったなあ。顔、真っ赤にしちゃって。動けなくなってやんの。へへ、ざまあみやがれってんだ」
おやおや。微笑ましいものだねえ。ガブリエリ君に紙巻かあ。咥えた横顔、きっと、かっこいいだろうね。ハードボイルドってやつか。お父さんの趣味かしら。おっと、立ち止まったね?
「はい。たしかここを、右だったはずなんですよね」
あらやだ。その先はちょっと、おばさん、恥ずかしいなあ。
「まあもう、何となく察しはついているでしょう?うちの母親のことをご存知なのですから、子どもにどういうものを読ませてたのかぐらいは、夫人であれば、簡単なはずです」
でも君は男の子だろう?あのジョゼが好きだった“喝采。そして、赤”だとか“女男爵の憂い”とかは。特に後者は、子どもにはちょっと刺激が強すぎるだろう。
「おっしゃる通り、刺激が強すぎました。“乗合馬車のふたり”なんか、描写が、まあもう、ね。うちにあるの初版なんですが、挿絵もすごいじゃないですか、あれ。ここだけの秘密ですよ?十かそこらを越えたあたり、夜中にこっそり書庫に忍び込んで、自分の部屋に持ってって。後はまあ、男の子ですから」
あらま。素敵な秘め事、ありがとう。勿体ないなあ。その場にいたら私が慰めてあげてもよかったのに。ロニョン・ド・コック、好物なの。新鮮なうちに頂戴しても?
「口説き文句にしたって下品ですよ。魅力的ではありますが、流石に願い下げです。あったあった。これ。お、しかも初版だ。やったね」
そうだよね。“ルシャドン伯の決闘”だ。
「夫人にはじめてお会いする際、行き帰りの馬車の中にも持っていったんですよ。再販のやつですが。あのときは、まさか著者ご本人とお会いするとは思ってもいなかった」
あら、嬉しいこと。ちなみに誰が好き?
「ミュラトール卿かな。悪役ですが、
碧海劇団だっけ?公演でやってくれた。あの時、演じた役者さん、もうすっかり爺になったけど、はまり役だったね。アンセルム・マチアス・ドゥ・モナンジュだったかな?
「そうそう、それ。その時の広告、母上が買い取って、うちに飾ってありますよ。あのとっつぁん。若い頃、男前だったんですね。絵ではありますが、すらっとして、ぎんっとした吊り目で。それでもどこか、余裕
ミュラトール卿はかなり楽しく書けた。キャラクターがばっちりしてるからね。勝手に喋ってくれた。そうそう、両隣の本も取ってご覧?
「はい。ええと、なんでまた?」
いいから。結構、長いこと居座れるものだね。我ながらいい腕前だ。これならもう、あの人のびんたを貰わなくたって済むし、突如として現れる私に驚く必要もなくなる。私ってば、気が利くだろう?
「ご配慮、感謝いたします。ん、ボトルですか?」
そう、お土産。これもまた、ちょっとした“
「あ、これかあ。ありがたく、そして、謹んでお恨み申し上げます」
でも気に入ったろ?たまに会う時、香りが残ってる。
「まあ、はい。最近、流通しはじめたので、よく。俺はセッコより、このアマービレのほうが合うみたいです」
それはよかった。残り香から、アマービレだと思ったから。よし。じゃあ、戻ろうか。
(つづく)
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