宝物

「姫名」

「ん……」

頭がズキズキと痛い。体がだる重い。

静かな部屋に、時計の音と姫名の息遣いがやけに耳につく。

(………熱?…今、何時……)

ゆっくりと起き上がり、壁時計を見ると6時になっていた。

「あ、起きた。姫名、体どう?」

「まだ少し、しんどいかな。……マナ、学校は?」

「今日は休みでしょ」

「え?……そっか、土曜日」

ずっと隣にいてくれたのかマナの頰には、寝跡がついていた。

(マナ、今日は出かけるんじゃなかったっけ?)

ちょうど6時くらいに帰ると言っていたはずだ。

彼女に肩を押されて寝転がるも、周囲に出かけてきた痕跡は見当たらなかった。

(……?)

瞬きをひとつすると、何かが頭の中を流れていった。

ザザッ、ザザッと擦り切れたテープのように断片的な記憶が浮かんできた。

(あ、そうか。私が熱で倒れて、それでー)

彼女が出かけなかった理由がわかり、サーッと血の気が引いていく。

「マナ!」

「えっ?どうしたの?」

「ごめんね!もう、大丈夫だから!お出かけ、どうなった?」

「延期させてもらったよ。来週に」

「そっか、よかった!…ずっとついててくれて、ありがとう」

ギュッとマナの手を握ると、彼女は嬉しそうに笑った。

「当たり前でしょ」

その柔らかな笑顔に、あの時のマナはもういないのだとわかる。

8年前の夏祭りのように、泣いていた彼女ではない。

辛い時にそばにいてくれる、優しい妹。

(……本当に、よかった)

泣き虫だった妹は、いつの間にか一緒に笑ってくれるまでになっていた。

「おかゆ、食べる?」

「うんっ」



その夜、夢を見た。懐かしい、昔の夢。

夢の中で、姫名は祭り会場にいた。

隣にマナはいない。

探しているうちに花火が鳴り始めて、会場は人で溢れかえる。

人ごみをすり抜け、静かな境内を見つけた。

もしかしたら、あそこにいるかもしれない。

鳥居をくぐったところで、姫名の足が止まる。

マナの隣に知らない男の子がいたのだ。

少し、グッタリしているマナを支えるように彼が手を繋いでいる。

熱が出たのだろうか。はやく、行かないと。

迷っているうちに姫名と同じくらいの年齢の女の子が入ってきた。

その子は男の子の手を取り、会場へと連れていく。

姫名は彼らとすれ違いに境内へ歩き、マナをおんぶした。

そのまま、ゆっくりと歩き出したところで周囲が白く染まった。

パチリ。瞬きをすると、景色が変わっていた。

境内にいたはずの姫名は近所の公園にいた。

目の前には、男の子が数人、サッカーをしている。

それを少し離れたところで、見ている女の子もいた。

男の子たちをボンヤリと見ていて、知った顔を見つけた。

柔らかそうな黒髪に、少し日に焼けた肌。

祭りの時、マナと一緒にいた男の子だ。

ゴールを決めた彼と目が合う。

その瞬間、心臓が暴れ出した。

ドクン、ドクンと脈打つ鼓動に戸惑い、姫名は公園を出ていく。

しばらく歩いていると、腕を掴まれた。

誰かが姫名を呼んでいる。

呼んでいる、のに声が聞こえない。

男の子は姫名を見つめて、懸命に何か話している。

聞き取れなくて困っていると視界が滲み出した。

ボヤける視界の中で、男の子が困ったように笑った気がしたー。

彼の手が伸びてくる。

その手に引き上げられるようにして、姫名は目を覚ました。

「何だ……夢か」

呟いた声は震えていた。

もしかしたらこの恋は、マナを傷つけてしまうかもしれない。

ふとした予感に、胸が苦しくなる。

ーもし、そうなったら私は……。

ポロポロと涙が溢れて止まらなかった。

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