第二部 復讐への序曲 神秘のマゴージュ

 クロウは今、西の果ての海岸に立つ。目の前には島が見える。


「クロウー!ご飯だってよー」


 ズズが呼びにきた。クロウの横の岩に座る。


「お前の叶えたい夢ってなんだ」


 ズズは少し考える。


「もう叶っちゃった」


「へ?」


 ズズが顔を赤らめながら海を見つめる。


「あたしの夢はいい男を見つける事だったのよ。まあ確かにクロウの方が男前よ。でもスピードは自分の命を賭けてあたしを守ってくれた。勇気、男気、優しさ、ユーモア。女ってね、最後は顔で選ばないものなのよ。この人に愛されたら自分は幸せだろうなって男を好きになるの」


 クロウは苦笑いだ。


「最初のズズの印象はただのエロ女だったけどな。俺を裸で誘惑してみたりさ、うっははは」


「もうそんな事忘れてよ。いやだわクロウったら」


「明日はあの島だ。飯を食って英気を養わなくちゃな」


「うん!」


 明日は夢の島に上陸する。クロウ達は宿屋に入り、早めに寝る事にする。


「島の名前ですかい?」


「そうだ。名前くらいあるだろ?」


「ガンダーラ島っていいますねや」


「ガンダーラ。ふうん」


 三人に振り返るクロウ。


「宿屋で泊まるのも今日が最後だ。飯は豪勢にいこう!」


「やったー!」


  浮足立つズズとスピード。 食堂に入る四人。様々な料理が目の前に並ぶ。 飯を食いながらクロウが第一声。


「さあ、そろそろ自分の本当の名前を言い合おう。俺の名前は『ゲンジョウ』だ。思慮深いという意味を持つそうだ。次はスピード」


  スピードがナプキンで口を拭きながら言う。


「俺の名前は『セイテン』だ。聖孫行者の天界の官職名だそうだ。俺の育ての親、師匠がつけてくれた名だ。道場ではセイテン兄ぃと呼ばれている。次はズズ」


  ズズが中空を見上げる。


「本名ねぇ……忘れたいわ、いろいろあったから。ま、いいや。私の名前は『テンポウ』よ。この名前では絶対呼ばないでね。次はロード」


 ロードが難しい顔をしている。


「本名か。俺は水虎だ。本来名はない。しかし俺を導く者に名を与えられた。『ケンレン』という。由来は不浄な邪鬼を打ち払う者だそうだ。俺は気に入っている」


 クロウが手をたたく。


「さ、お互いの名前も分かったことだし、明日は連絡船の時刻も早い。すぐに寝て英気を養おう」


「了解。部屋に行くぞテンポウ」


「その名前で呼ばないでって言ってるでしょ!このアンポンタン!」


 ズズが腹をたてる。


「先に部屋に行ってるぜ」


「よし、俺達も寝るか」


 ロードが立ち上がる。

 

 クロウが部屋に戻るとロードがなにか経を唱えている。


「なんの経典だ、それ」


「アダイン様を讃える経だ」


「アダイン様?」


「俺たち妖怪は皆心に暗闇を持つ。殺された人間の怨霊、大切に扱われなかった皿や傘、撲殺された犬や猫、そうやって死んだ魂が輪廻し妖怪になる。そして人間に復讐を始めるんだ。俺は人を殺しまくった……当然だ。俺には人を殺す権利があるはずだと。しかしお釈迦様はそんな俺を救ってくださった。お前の神に祈りを捧げよと。アダイン様は俺たちの神様だ。だから経を唱えている」


 クロウは悟りきって聞いてやっているが(こえーな水虎……)と思いながら聞いている。


「夢の島に着いたらまずこの子らを荼毘にふせ、俺はアダインポシュポッターになるんだ」


「あだ、あだだ、言えねーわ。妖怪語じゃなくて人間語で言ってくれ」


「『預力者』という意味を持つ。異能を与える事ができる異能を身につけることができる」


 その言葉にクロウが反応する。


「人を異能にするって……どんどん増えるじゃねーか」


「そう簡単には異能者にはしないよ。アダイン様は神秘のマゴージュと交信し、異能を得るかどうかの審判を得る。そして……」


「マゴージュってなんなんなんだ……というか、まぁ、そこまでにしてくれ。お前の話を聞いてると変な宗教に入っていきそうになる。神を讃えるのは悪い事じゃない。そのお前の数珠の子らが浮かばれる事を俺も願っているよ」

 

 

 次の日、朝早くから連絡船に乗るクロウたち。海風が頬に当たって心地よい。それぞれがそれぞれの思いを胸に目の前の島を見つめている。


 船が接岸する。縄ばしごでガンダーラ島に降り立つ。


 ようやくたどりついたガンダーラ。クロウの夢がもうすぐ叶う。




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