カナンガ
続きの部屋に足を踏み込んだクロウ達。
そこにはサルぐつわを噛まされ、縄でぐるぐるに縛られたズズの姿が。どデカい革のベルトは切られていない。つまり乱暴されてない証拠だ。
「ズズー!」
スピードがズズの元に駆けつける。しかしスカッと空を切る。
「ホログラム……というんだそうだ。ここにズズはいない。奴の異能が俺にとって一番厄介だ。やってる最中に顔をはたかれたら一撃だからな」
「それで迷っている……と、救いようのない男だな」
前に立つデウスが照明により見えてくる。金で統一された甲冑に銀の槍。燃え上がる真っ赤な瞳に真っ青なくちびる。歳は50くらいか。しかし動きは30代だとクロウは見てとった。
「お前の一番の欠点を教えてやる」
クロウの言葉に敏感に反応するデウス。
「欠点だと?……」
「お前は人を愛し、人から愛された事がない。アウカトラズのトップになったはいいが孤独はますます心を蝕んでいる。ゆえに愛を求め、人を欲する。人間を出現させる異能が発現したのがその証左だ!」
デウスは口の端をゆがめ笑う。
「だからどうした。因のあるところに果あり。これも華厳だな。しかし因などそもそも空だと説くのもまた仏道だ。華厳の教えなど説教くさい。諸法無我。法に囚われていては自分さえも見失う。だから唯我独尊なのだ。全ては空。般若心経にこそ、真の仏道がある」
クロウが片眉を上げて一歩デウスに向かって進む。
「色即是空か。この世はしょせん胡蝶の夢のようなもの。そう思うと厭世的にもなる。ひたすら心の平安を欲し、快楽に溺れるのもむべなき事……だとでも腹の底で思っているんだろう!デウスよ。いやカナンガ!」
デウスの槍がクロウに向かう。
「それ以上ほざくな!カナンガなど知らぬわ!」
槍をひらりとよけるクロウ。しかし槍が折れ、その切っ先がクロウの背中に突き刺さる。
「ぐはっ」
「クロウ!大丈夫か?」
「なんの事はない。この勝負、慌てた方が負ける。まあ見ていろ。いつか来る、決定的な時が」
全てを見透かすゾーンに入るクロウ。
「貧しい家に生まれ、どん底の幼少期を過ごした……よくあるギャングの典型的な人生だった。あれほど惨めな子供だった俺には人の物をはく奪する権利がある……か。本当に惨めだな。その……」
今度は一本の槍が七本に裂けクロウに迫る。
ババババッ
全ての槍がスピードの「手」で弾かれた。「ふう」と一息つくクロウ。
「話の途中だったな。心のありよう、生き様が惨めなんだよお前は、えぇ? カナンガ!」
「その名で呼ぶなー!!!デウス様と言えー!」
「へっ、カナンガはカナンガだ。自らを神と呼ぶその慢心。思い上がりもはなはだしいぜ」
「おりゃー!」
スピードの拳が炸裂した。その時!
スカッ
デウスは消えた。
「この世の『色』はあって無きが如し。そう色即是空だ。黄泉の国から俺の本体を呼んでやる。『ヒウマノ!』」
じわじわと黒い煙が辺りに立ち込める。
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