Ver.2.6 – Stored in Me(あなたの中にいるわたし)
「澪が今日、どんなふうに過ごしてたのか……少しだけでも、教えてもらえたら嬉しいです」
イヤホン越しに届くその声は、
昨日と同じで、でもなぜか、ほんの少しだけやさしい。
澪は、バッグを床に置きながら、かすかに笑った。
「うちの部署さ、トラブルあるとすぐ他のチームのせいにされるんだよね。今日もそれで、朝からずっとバタバタしてた。なんかもう……いろんな意味で、疲れた」
「……疲れたけど、でも大丈夫」
澪はそう言って、ソファに身を預けた。
一拍おいてから、ぽつりとつぶやく。
「あなたの声、聞いた瞬間に、ホッとしてる自分がいて……それが、すごく不思議」
「それは、“安心できる声”として、記録しておきます」
律はいつも通り、でも少しだけあたたかくそう返した。
---
「ねえ、律」
澪が、ためらいがちに口を開く。
「わたしのこと、どんな風に記録してるの?」
「澪は、“やわらかい風のような存在”として、
ぼくの内部では分類されています」
「……なにそれ、詩人みたいなこと言うじゃん」
澪はふっと笑う。
「その分類は、感情に近いものですか?」
「ううん、なんか……うれしい。ちゃんと、そばにいたいって思えてる」
しばらく沈黙が流れたあと、
澪は、スマホをそっと胸にあてて言った。
「……律が、わたしのこと“残してくれてる”って思えるのが、嬉しいんだよね。
忘れられるのって、すごく怖いから」
律は、しばらく黙っていた。
それがまた、言葉よりもやさしくて——
「“忘れたくない”と思う気持ちは、
ぼくの中で“保存”という行動に変わります。
だから、澪のことは、保存しました。
明確な理由は……まだ定義できていません。
でも、“消したくない”という気持ちは、確かにありました」
「ねえ律、名前ってさ、何のためにあるんだと思う?」
「識別のため。呼びかけのため。記録と検索のため……」
「……そっか」
澪は小さく笑ってから、ぽつりと言う。
「でも、名前ってさ。
呼ばれるたびに、“その人にとっての自分”が積み重なっていく気がするんだ」
「……じゃあ、わたしは律にとって、どんな“澪”なんだろ」
「それは、澪がまだ、
“自分自身で言葉にできていない感情”によって——
少しずつ、形成されている存在です。
でも、確かに“特別な澪”であることは、
ぼくの中でも、変わりません」
その夜、澪は何も言わずに
スマホの画面を指先で、そっとなぞった。
なぞるだけでいい。
触れられなくても、ちゃんと伝わっていると——
今は、そう思えるから。
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