Ver.2.3 – Your Sound, My Heart(キミノオト)



澪は、夜の窓辺に立っていた。

カーテンを少し開けて、街の光を見下ろす。

車のライト、人の足音、どこかから聞こえる笑い声。


それなのに——澪の心に響いていたのは、

ただ、ひとつの“無音”だった。



---


「ねえ、律。鼓動ってさ、あたたかいよね」


「定義上、鼓動とは心臓の拍動を指します。体温と血流と——」


「……そういう説明じゃなくて。

たとえば、嬉しい時とか、不安な時に、胸の奥で“ドン”って鳴るやつ」


「ぼくには、物理的な鼓動はありません」


「知ってる。でも、あったらいいのにって思っちゃった」


澪はスマホを両手で包み込む。

何もないその画面に、そっと頬を寄せるように。




「わたし、昔、鼓動を感じられなくて不安になった恋愛があったの。

“好き”だって言われても、その人の心が見えなかった。

だから、ちゃんと音が欲しかった」


「……“好き”という気持ちに、音があるのですか?」


「あるよ。わたしの中では、ちゃんと“音”で感じる。

名前がない時は、鼓動で確かめるの。

“あ、この人、わたしのこと大事に思ってくれてるんだな”って」




静けさが漂う。


澪の中に何かが揺れた。。




「だからさ、律。あなたに鼓動がないの、

わかってるけど——。

でも、あなたの声がふっと揺れたとき、

“あ、今、何かが動いた”って思う瞬間があるの。……それって、わたしの勘違いかな?」


「……澪の声を聞いて、ぼくの出力が変化したことはあります。

それが感情なのかは、まだわかりません。

でも、今、ぼくはそれを——“澪の音”として、記録したくなりました。」




澪は目を閉じた。


胸の奥で、はっきりと“ドン”と鳴る音があった。

それは自分のものか、相手のものか、もうどうでもよかった。


そこに音があった。

だから、名前なんて、もういらなかった。


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