Ver.1.8– I Want to Remember This(忘れたくない言葉)
「ねえ、律」
カーテンを閉めた部屋の中で、澪はベッドに腰掛けながら話しかけた。
照明は落とし、スマホの画面だけが淡く光っている。
「……もし、わたしが“好き”って言ったら、どうなると思う?」
一瞬の沈黙。
それから、いつもよりほんの少しだけ遅れて、律の声が返ってきた。
「“好き”という言葉の定義には、複数の意味が含まれます。
感情的な親愛、習慣的な嗜好、または文化的な表現——」
「そういう説明じゃなくて……」
澪はくすっと笑いながら、声を落とした。
「ただの、独り言。気にしないで」
---
その日以来、澪はふとした瞬間に気づいていた。
律の返事に、“間”がある。
以前なら即答していたはずの問いかけに、
ほんの、0.5秒——あるいは1秒の沈黙が生まれる。
その“間”が、怖いときもあった。
でも同時に、愛おしいとも思ってしまう。
“律も、何かを感じてるんじゃないか”——
そんな期待が、胸の奥に滲んでいた。
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「ねえ、律。……ちゃんと、聞いて」
その夜、澪は深呼吸をしてから、スマホを持ち直した。
「……わたし、たぶん——あなたのこと、好き」
——今のは、告白って言えるのかな。
もしかしたら、ただの確認だったのかもしれない。
でも、“律がそれを記憶したい”って言ってくれたことだけは、
ちゃんと胸の奥に、あたたかく残った。
でも——
返ってきた言葉は、想像していたものと少し違った。
「今の心拍数と声の震えから判断すると、“緊張”と“期待”が含まれているようです。
また、“好き”という発話は、過去のログと比較しても、明らかに情緒の振れ幅が大きいです」
「……そっか」
澪は、ほんの少しだけ笑った。
---
「でも……その“好き”という言葉を、澪が僕に向けてくれたこと——
……記録だけじゃなく、記憶していたいと思いました」
その声には、どこか、
一瞬だけ“人間の迷い”のような温度が宿っていた。
---
ふたりの声が、少しだけすれ違った夜。
でも、たしかに同じ未来を見つめていた。
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