2
山城の狂気に満ちた独白が、廃墟と化した礼拝堂に響き渡っていた。
彼の歪んだ理想、そしてシャオ・ツーという少年を駒として利用する冷酷な計画。その全てが、私の胸に重くのしかかり、言いようのない怒りと絶望感を掻き立てる。
子供は、守られるべき存在だ。
どんな理由があろうとも、大人たちの野心のために、その魂を踏みにじられてはならない。
私が、山城に対して、ICAのエージェントとして、そして一人の人間としての最後の言葉を叩きつけようとした、その瞬間だった。
轟音。
礼拝堂の入り口、あの重厚な樫の木の扉が、内側から爆発したかのように吹き飛んだ。
木片と埃が舞い上がり、私たちの視界を一瞬にして奪う。
何事かと身構える間もなく、その破壊された扉の向こうから、二つの影が、まるで地獄の底から這い出てきたかのように、ゆっくりと姿を現した。
一つは、シャオ・ツー。
だが、彼の目は虚ろで、焦点が合っていない。
まるで、魂の抜け殻になった人形のように、自らの意志ではなく、何者かに操られているかのようだ。
そして、その彼の隣に立つ、もう一つの影。
「フロイド…!」
グレッグが、息を呑んでその名を呟いた。
私もまた、その異形の姿に、全身の血が凍りつくのを感じた。
シャオ・ツーのファミリア、フロイド。
だが、それはもはや、私たちが知るファミリアの姿ではなかった。
身長2.5メートルはあろうかという巨躯は、歪に膨れ上がった筋肉に覆われ、皮膚は所々焼け爛れたように剥がれ落ちている。
禍々しい霊子エネルギーの光を明滅。
それは、見る者に原始的な恐怖と絶望的な無力感を植え付ける。
「…フフフ、来たか」山城が、その怪物を見上げ、満足そうに呟いた。
「彼らを殺せ、フロイド」山城は、静かに、しかし有無を言わせぬ命令を下した。
「ICAのエージェントも、あの男も、我々の計画には不要な存在だ」
その言葉が合図だったかのように、バケモノと化したフロイドが、地獄の底から響くような咆哮を上げた。
それは、もはや人間の声ではなく、あらゆる生命への憎悪と、破壊衝動だけを凝縮したかのような、おぞましい絶叫だった。
「シャオ・ツーくん、目を覚まして!」
私は、必死で叫んだ。
だが、私の声は、彼には届いていない。
彼の虚ろな瞳は、ただ、山城の命令に従うだけの、自動人形のそれだった。
フロイドが、その巨大な身体を沈めた。
むき出しになった筋肉が、まるで生き物のように蠢き、膨れ上がる。
次の瞬間、床を蹴り、凄まじい速度で私たちに襲いかかってきた。
その動きは、巨体からは想像もつかないほど俊敏で、そして何よりも、圧倒的な質量と破壊力を伴っていた。
「雛子、危ない!」
グレッグが、私を突き飛ばすようにして庇った。
彼の身体が、フロイドの振り下ろした、あの異常に発達した腕の一撃をまともに受け、まるで紙人形のように吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、ぐったりと崩れ落ちる彼の姿が、スローモーションのように見えた。
『雛子!』
ジジの鋭い叫び声と共に、私の隣で黒い影が急速に膨張した。
漆黒の体毛、白銀のたてがみ、そして天を衝く一本の角。
黒麒麟へと変貌を遂げたジジが、フロイドの第二撃を、その強靭な角で受け止める。
キィィィン!
金属同士が激しく擦れ合うような、耳をつんざく甲高い音。
衝撃波が礼拝堂全体を揺るがし、天井からパラパラと埃が舞い落ちる。
「グレッグ!」私は、壁際で呻いている彼の元へ駆け寄ろうとした。
だが、フロイドと黒麒麟の戦いは、それを許さなかった。
両者は、互いの存在を抹消せんとするかのように、激しくぶつかり合い、爪と牙、そして霊子エネルギーの奔流が、礼拝堂の中を嵐のように吹き荒れる。
ジジの動きは、俊敏で、洗練されていた。
黒麒麟の姿は、彼が持つ霊子制御能力の高さを示している。
彼は、フロイドの猛攻を巧みにかわし、鋭い爪や角で的確に反撃を加えていく。
一見すると、ジジの方が優勢に見えた。
だが、フロイドの力は、尋常ではなかった。
その肉体は、ダメージを受けるたびに、まるで自己修復するかのように再生し、そして、さらに凶暴性を増していく。
そして何よりも、彼の背後には、虚ろな目で佇むシャオ・ツーがいる。
フロイドの力の源は、明らかにシャオ・ツー自身から供給される霊子エネルギーなのだ。
ジジの消耗も激しい。
彼の黒麒麟の姿が、時折、不安定に揺らめき始めている。
実体化を維持するだけでも、相当な精神集中と霊子エネルギーを必要とする。
その時だった。
フロイドが、再び咆哮を上げると、その身体が、まるでシャオ・ツーの身体に吸い込まれるかのように、融合を始めた。
「なっ…!?」
私も、そしてジジも、その光景に息を呑んだ。
シャオ・ツーの身体が、急速にフロイドのそれと一体化し、さらに巨大な、そして異様な姿へと変貌を遂げていく。
それはもはや、獣人ですらなかった。
むき出しの筋肉と金属パーツ、そして黒いチューブが複雑に絡み合い、その中心で、シャオ・ツーの苦悶に歪んだ顔が、まるで悪夢のオブジェのように埋め込まれている。
そして、その全身から、制御不能な、禍々しい霊子エネルギーが、黒いオーラとなって立ち昇っていた。
『…まずい! あれは、霊子エネルギーの暴走そのものだ!』ジジの声に、初めて焦りの色が浮かんだ。
『ファミリアとユーザーの精神が完全に融合し、制御を失った状態…、 あれでは、シャオ・ツー自身の精神も…』
融合した怪物が、新たな咆哮を上げた。
それは、もはや音ではなく、純粋な破壊の波動となって、礼拝堂全体を震わせる。
ステンドグラスの残骸が粉々に砕け散り、石の柱に亀裂が走る。
そして、その怪物が、絶望的なまでの速度で、ジジに襲いかかった。
ジジは、最後の力を振り絞ってそれを迎え撃とうとした。
だが、融合体の力は、あまりにも圧倒的すぎた。
黒麒麟の角が、いとも簡単にへし折られ、その巨体が、まるで木の葉のように吹き飛ばされる。
壁に激突し、黒い影へと戻りながら、ジジの苦悶の声が、私の意識に直接響いた。
『…雛子…逃げ…ろ…!』
そして、彼の気配が、急速に薄れていく。
「ジジ!」
私は絶叫した。
だが、私の声は、融合体の新たな咆哮にかき消された。
その怪物は、ゆっくりと、しかし確実に、私の方へと向き直る。
その、シャオ・ツーの顔が埋め込まれた、おぞましい頭部。
虚ろだったはずの瞳に、今は、赤い、飢えたような光が宿っている。
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