第10章 接続の代償

私の言葉は、まるで静寂を切り裂く刃のように、廃墟と化した礼拝堂に響き渡った。

山城の顔から、あの狂信的な輝きが消え、代わりに、能面のような無表情が張り付いている。

彼の背後、砕け散ったステンドグラスの破片が、床に散らばり、差し込む朝日で不気味な光を放っていた。

それは、まるで彼が理想とし、そして破壊しようとしている、この人間世界の縮図のようにも見えた。

美しく、しかし脆く、そして一度壊れてしまえば、二度と元には戻らない、かけがえのないもの。


「…フフフ」やがて、山城の唇から、乾いた笑い声が漏れた。

「君の言う通りかもしれない。

私の計画は、確かに狂気に満ちているのかもしれないな。

だが、それは、このどうしようもなく不完全で、愚かな人間という種に対する、私なりの『愛』なのだよ」


愛? 彼の口から、その言葉が出るとは思わなかった。


「ヒトはね」彼は、まるで遠い過去を懐かしむかのように、ゆっくりと語り始めた。

「本質的に、孤独で、不完全で、そして何よりも、死を恐れる存在だ。

SIDが普及し、知識や情報が共有され、寿命が延びたところで、その本質は何も変わらない。

むしろ、繋がりすぎたが故の新たな孤独、情報過多による思考の麻痺、そして、ただ無為に引き延ばされた生への倦怠感。

それらが、この世界を覆っている、これは新しい『病』ではないのかね?」

彼の言葉は、SID社会の抱える闇の一端を、的確に捉えていた。

私自身も、ICAのエージェントとして、その「病」の兆候を、幾度となく目の当たりにしてきた。


「バンディズム(血族主義)、確かに古い思想だろうな。

それは、我々の真の目的を隠すための、都合の良い隠れ蓑に過ぎない。

我々が本当に求めていたのは、血の繋がりなどという曖昧なものではない。

もっと確実な、そして永遠の『継承』だ。

優れた個人の意識、知識、経験、その全てを、若い、健康な肉体へと転移させ、個体としての死を超越し、種としての進化を加速させる。

それこそが、プロジェクト・ジェネシスの、そして我々の、究極の目標なのだよ」

「我々はさらに、その『器』となる若者たちを、より効率的に、そして確実に選別するための手段を開発した。

それが、君たちが『ガム』と呼んでいる、あの電子ドラッグだ。

あれは、単なる快楽物質ではない。

あれは、被験者の精神を一時的に不安定にさせ、霊子に対する感受性を極限まで高めることで、人格転移への適性を測るための、一種の試験紙なのだ。

そして、その過程で精神が崩壊するような脆弱な個体は、我々の計画には不要だ。まさに、適者生存。自然の摂理ではないかね?」

山城は、恍惚とした表情で、自らの計画の「正当性」を語り続ける。

その瞳には、もはや狂気以外の何も映っていない。


「そして、シャオ・ツー。彼は、我々にとって、まさに天啓だった」山城の声が、ひときわ熱を帯びた。

「彼は、単なる被験者ではない。

彼は、我々が長年探し求めていた、完璧な『器』であり、同時に、我々の計画を次のステージへと導く『触媒』でもあるのだよ。

彼は、生まれながらにして、いや、おそらくは生まれる前から、SIDと完全に同化し、霊子を自在に操る才能を秘めていた。

まさに、『始まりの子供たち』の、正統な後継者だ」


始まりの子供たち。

プロジェクト・ジェネシスの過程で生み出された、存在。

彼らは、人類の進化の希望として期待されながらも、その多くが精神的な破綻をきたし、闇に葬られたと聞いている。

シャオ・ツーもまた、その一人だったというのか。


「だが、山城」私は、彼の言葉を遮るように言った。

「あなたの計算は、どこかで狂っていたのではないですか? シャオ・ツーくんは、あなたたちに利用されるだけの、おとなしい駒ではなかった。

彼は、その特殊なSID-OSを通じて、逆にあなたたちの組織の情報をハッキングし、あなたたちの計画そのものを乗っ取ろうとしていた。そうでしょう?」

私の指摘に、山城の顔に、初めて焦りの色のようなものが浮かんだように見えた。

けれどもその表情はすぐに消え去る。


「…小賢しいガキだよ、確かに」彼は、吐き捨てるように言った。

「彼(シャオ・ツー)はやはり子どもだ、能力があると言っても、経験も、世界の深さを知るための知恵も足りていない。

自分の力を過信し、我々の計画の真の壮大さを理解できていなかった。

だが、それすらも、我々の計算の内だったのだよ」

「シャオ・ツーを利用し、彼の持つ特異な霊子能力を解析し、そして、最終的には、彼自身を、我々の計画の最も重要な『コア』として組み込む。

それが、我々の最終目標だった」


「あの子の目的は、あなたたち旧世代の人間を排除し、自分のような『新しい人間』が支配する世界を創造すること。

そのために、彼は学院の他の子供たちを『仲間』として覚醒させようとしていた。

それも、すべてあなたの手のひらの上だったというのですか!」雛子の声には、抑えきれない怒りがこもっていた。


「そうだとも!」山城は、勝ち誇ったように叫んだ。

「シャオ・ツーは、我々の手のひらで踊っていたに過ぎない! 彼の反抗心も、その野心も、全ては我々の計画を加速させるための燃料だったのだ! 彼が他の生徒たちのSIDに干渉し、彼らの霊子能力を覚醒させようとすればするほど、我々にとっては好都合だった。

なぜなら、それこそが、最も効率的に、そして大量に、優秀な『器』を選別する方法だったのだからな!」

その言葉は、あまりにも冷酷で、そして醜悪だった。

シャオ・ツー。

彼は、加害者であると同時に、最大の被害者でもあったのだ。

大人たちの歪んだ野心のために、その類稀なる才能を利用され、心を踏みにじられ、そして、使い捨ての道具として扱われようとしていた。


子供であるということ。

それは、保護され、導かれ、そして何よりも愛されるべき存在であるということだ。

どんな才能を持っていようと、どんな過ちを犯そうと、その権利が奪われてはならない。

山城の言葉は、その人間としての最低限の倫理観すらも、踏みにじるものだった。


(新しい人間…ヒトという種が、霊長類として、これからどのように進化していくというのだろう…)


私の脳裏に、ふと、そんな疑問が浮かんだ。

SID、霊子、そしてプロジェクト・ジェネシス。

これらは、確かに人類に新たな可能性をもたらすのかもしれない。

だが、その進化の先に待っているのは、本当に輝かしい未来なのだろうか。

それとも、人間性を失った、冷たいデジタルの荒野なのだろうか。


山城の狂気に満ちた理想は、私に、その根源的な問いを突きつけていた。

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