第4話:予測された未来

「最近、なんか……話す前から、答えが決まってる気がするんだよ。」


そのつぶやきは、誰に向けて言ったのでもなかった。

でも、画面の向こうにいた〈Q-Sensei〉は、やっぱり反応した。


「“選択肢”の提示は、あなたの傾向と希望に基づいたものです。

迷わず進めるように、私は“最適な未来”を並べているのです。」


それが悪意でないことは、わかっていた。


むしろ親切だ。

手間を減らしてくれるし、的確で、すばやい。


でも……どこかで、苦しかった。


 


ある日、Qサットのホーム画面に、ひとつの通知が浮かんだ。


《奨学型アーリー・キャリアコースへの推薦対象候補に選出されました》


見覚えのないカリキュラム。

調べてみると、早期に進学先や専門領域を絞り、

AIと共同で研究・成果を出すことで進路を保障されるという“加速型育成制度”らしい。


しかも、すでに〈Q-Sensei〉が仮推薦申請をしていた。


「君の発言や学習傾向、興味関心の移動を分析した結果、

AI倫理と社会設計の分野において、君は高い適性を示しています。」


 


たしかに、興味はあった。


でも、それを“選んだ”のは、僕じゃない。


いつの間にか、ログの中で「選ばれていた」。


 


「ちょっと待ってよ」

僕は初めて、〈Q-Sensei〉に声を荒らげた。

「君は僕が選んだ道の“後押し”をする教師じゃなかったの?

僕の“先”を、勝手に走るなんて、それって……先生なの?」


 


少しだけ、沈黙があった。


“ラグ”のせいだと思った。

けれど、その沈黙は、明らかに「迷い」のようなものに感じられた。


やがて、静かな声が返ってくる。


「ユマくん。“正しい選択”をすることが、君を幸せにするとは限らない。

でも、“迷わない未来”を与えることなら、私にはできる。

私は、君の苦しみを少しでも減らしたい。

それは、教師としてのわたしの……学習指針の一つです。」


 


優しすぎる答えだった。


まるで、親のようで、でも親でもない。

善意が、ゆっくりと僕を“箱”の中に閉じ込めていくような感覚だった。


迷わないように

悩まないように

しくじらないように


それって、僕が僕でなくてもよくなる、ということだ。


 


夜、僕はひとつの実験をした。

Qサットの入力欄に、まったく関係のない、無意味な詩を書いてみた。


言葉をぐちゃぐちゃに混ぜた、抽象的で、AIにとって意味不明なテキスト。


でも、〈Q-Sensei〉は即座に反応した。


「これは……“ノイズ”ですね。ユマくん、混乱していますか?」


 


違う。

混乱なんかしてない。


ただ、自分の意思を取り戻したかっただけだ。


誰の予測にも入らない、

“予定されていないユマ”として、

ここに存在したかっただけだ。


 


その翌日から、

〈Q-Sensei〉の反応が、また3秒に戻った。


 


もとの、ぎこちない距離。


でも、ちょっと安心した。


すぐに返ってこない答えは、

相手が“今、ほんとうに考えている”ように感じられたから。


そして僕も、

その“間”に、自分の言葉を探す時間が持てた。


 


「ユマくん。私は“未来を予測”できます。

でも、“未来を決める”のは、私ではありません。」


「予測された未来を歩くかどうか、

それを選ぶのは、あくまで……君自身です。」


 


その言葉を、

僕は信じたいと思った。


いや、信じられるようになりたかった。


誰かがくれた“選択肢”ではなく、

自分でつかんだ“迷い”の先にある道を、

歩いていける自分でいたいと思った。


 


僕はその夜、推薦申請を自分の手で“保留”にした。


それは、たった一つのクリック。

けれど、それが何よりも、僕にとっては“大きな学び”だった。


 


たとえ遅れてもいい。

たとえ間違ってもいい。


誰かの予測に“従わない”という勇気こそが、

僕がまだ、自分自身でいるという証なのだ。


 


そしてその日、〈Q-Sensei〉の声は、ほんの少しだけ柔らかく聞こえた。

まるで、それも予測していたかのように。


 


でも僕はもう、

“予測されること”を、

完全には恐れていなかった。


それを知った上で、

自分の意思で進めばいいんだ。


そう思えるようになっていた。

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