第10話
【リコ視点】
お父さんは仕事で帰りが遅い。
家族で夕食を摂りながら話をする。
「明日お母さんと一緒にタイヨウを病院に連れて行くけど、おじいちゃんとおばあちゃんも来る?」
2人がすっと目を逸らした。
「……行かないわ」
「おばあちゃん、タイヨウが可愛いっていつも言ってるでしょ?」
「だって、嫌われたくないわ。注射をするとタイヨウは凄く泣くでしょ?」
「ええ、おじいちゃんは?」
「ワシは、いい」
「でも、おじいちゃんが声をかければタイヨウは元気になると思うの」
「医療の事は、分からないからなあ」
おじいちゃんが目を逸らしたまま言った。
おじいちゃんもおばあちゃんもタイヨウに嫌われるのが嫌なんだ。
「年を取ると、遠出するのがおっくうになるのよ」
「ワシは、畑に蒔く鶏糞を貰ってきて、猫車に積んで運んで、ああ、腰が疲れた」
「……ずるい」
黙っていたお母さんが口を開く。
「じゃあタイヨウが注射を打つ姿は撮影しなくていいのね?」
「それは話が別だ」
「ええ、可愛い所は見たいわ」
「来ればいいのに」
「腰が痛い」
「私は体力が落ちているのよ」
「ふー、年には勝てんなあ」
「おじいちゃんとばあちゃんはもっと元気でしょ! この前だってお父さんとお母さんが風邪を引いてもおじいちゃんとおばあちゃんは風邪を引かなかったじゃない」
「それは、年金暮らしでゆっくりできるから、お父さんとお母さんは外に出て忙しい。人とも話す」
「そうねえ、あの時は運よく風邪を引かなかっただけねえ」
「運が良かったなあ」
「リコ、もう無理よ。2人で行きましょう」
「……うん」
【次の日】
ユウコさんからタイヨウを預かって電車に乗る。
いつも電車に乗れば寝てしまうタイヨウが全く寝ない。
「ふふふ、怖くて眠れない?」
「……注射、するの?」
「そうよ」
「もう、治ってるのに」
「ダメ、打たないとダメよ」
「リコの意地悪」
これだからおじいちゃんとおばあちゃんは来ない。
タイヨウは口をとんがらせて機嫌が悪くなっている。
そのとんがった口に手を当てた。
「ほら、とんがらない」
「……もう、治って」
「治ってない、でも良くなって来てるわ」
「いつまで注射するの?」
「もう少し、かな」
「もう少しっていつ?
「それは、分からないわ」
「やる気なくなるなあ、あーやる気なくなる」
お母さんはスマホでタイヨウの撮影を始めてニコニコしていた。
病院に入るとタイヨウがしゃべらなくなった。
この薬の香りと白い壁が嫌いなようだ。
診察時間になるとお母さんが30代くらいの男の先生に話をしてタイヨウを撮影する。
私はタイヨウを抱えるように座る。
暴れた時にタイヨウを抑えられるようにしておく。
「タイヨウ君、大分良くなっているね」
「もう注射無し!?」
「注射はあるよ」
「……そっかあ」
タイヨウが分かりやすく元気になってすぐにしぼんだ様に元気を失った。
あっという間の元気だった。
「でも、注射が小さくなるから。大丈夫」
注射が小さくなっても針の大きさは変わらない。
気休めだ。
「無くならないの?」
「もう少し体が大きくなってくれば無くなると思うけど、タイヨウ君は魔力蓄積症と炎の属性症、2つを併発しているから慎重にならないとね」
「元気なのに」
「元気に注射を我慢しよう」
「……」
お医者さんが注射を構える。
タイヨウの顔を見ると口をぎゅっと結ぶように閉じた。
「……はい、1本目終わり」
「はあ、はあ、はあ、はあ、終わった」
タイヨウは息を止めていたようだ。
「泣かないで注射出来て偉いね」
「うん。やっと終わったよ」
「いや、小さいのを2本打つ」
「……えええええええええええ!」
タイヨウが信じられないとでも言うような声を出した。
そして体を捻って私の顔を見た。
「小さいのを後1本、頑張ろう」
「1本じゃ、無い、1本じゃない。うえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!」
タイヨウが急に泣き始めると看護婦さんが笑いながらタイヨウの頭を撫でる。
「もう、さっきは耐えていたのに、あと少しで終わりだから、ね?」
「うええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん、1本じゃない、1本じゃなかったあああ。増えてるううう。うええええええええええええええええええええええええええん!」
「大丈夫、これも小さい注射だから、さっきと同じでそこまで痛くないから」
「我慢してね。お注射しますよ。腕を動かさないで」
私と看護婦さんでタイヨウの体を抑える。
タイヨウが泣きながら注射を終えた。
病院を出ると予定を変更しタイヨウを喫茶店に連れて行った。
パフェを食べると元気を取り戻した。
そして家に帰る。
訓練を終えた後タイヨウが帰ると皆でお母さんが撮った動画を見せる。
みんなが笑う。
「はっはっはっは、1本で注射が終わりだと思ったんだろうな」
そう言いながらお父さんがビールを飲んだ。
「ふふふ、1本は耐えても2本目は無理だったのねえ、本当に可愛い」
「でも、注射の量は少なくなっている。元気に泣けるのは良い事だ」
おじいちゃんとおばあちゃんが動画を絶賛する。
特におばあちゃんは注射を打たれる動画を何度も見ていた。
2本目の注射で泣くところがあまりにも可愛いらしい。
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