第3話:俺にできることなんて、これくらいだ

翌朝――目覚めると、全身がバキバキだった。


腕は鉛のように重く、背中は石板みたいにカチコチ。とくに太ももは、階段を見ただけで泣きそうになるほど叫んでいた。


「これが……45歳のリアル……!」


俺は鏡の前で、両腕を軽く上げてみた。ギシギシと鳴る筋肉に、ちょっと笑った。


痛い。でも、気分は悪くない。むしろ、昨日よりスッキリしている。


スマホを見ると、再生数は14回に伸びていた。コメントは相変わらずひとつだけ。それでも、俺は何度も画面を開いてしまう。


たった一人でも、誰かが見てくれている――それが、こんなに嬉しいとは思わなかった。


病院に立ち寄り、梨花の手をそっと握る。


「今日も、ちょっとだけ頑張ってくるよ。……笑ってくれよな」


まるで遠足前の子供のような気持ちで、ダンジョンゲートに向かった。



---


「第二層、か……」


昨日の俺より、少しだけ胸を張れていた。


ホームセンター製の防刃ベスト、よれたナイフ、登山ザック(子供用)という冴えない装備だが、何故かちょっと誇らしかった。


派手なアーマーに身を包んだ若者たちが、仲間と笑い合いながらゲートへ吸い込まれていく。


こっちは一人ぼっち。空気は完全に「誰?この人」モード。


……だが、俺には“戻る場所”がある。そう思えば、少しは強くなれた。



---


第二層は、ジメジメした森だった。


視界を遮る巨大キノコ。そこかしこから聞こえる、水音とケモノの足音。


明らかに、昨日の“スライムの間”とは違う空気だ。


その時、茂みがガサッと揺れた。


(……来る!)


ナイフを構える。――出てきたのは、ゴブリンだった。


身長は小学生くらい。緑色の肌に骨の短剣、そして……ニヤリとした不敵な笑み。


「来いよ、ゴブリン……こっちは腹筋崩壊中だがな!」


ゴブリンが突進してくる。


咄嗟に避けたが、肩をかすめた骨ナイフが、鋭く肌を切った。


「ぐっ……!」


血のにおい、焼けるような痛み、動揺――だが、冷静にならなきゃ死ぬ。


(そうだ、《魔眼(変異種)》……!)


スキル一覧の中にあった、謎スキル。試すなら今しかない!


俺はゴブリンを見据え、ガン見する。


すると――


「うっ……おお……?」

ゴブリンが急に腹を押さえて、その場にしゃがみこんだ。


「……えっ?」


まさかの腹痛。しかも苦しそうに尻を押さえながら、よろよろと逃げ出した。


「お、おい!お前……漏れるのか!?」


叫んだ俺が一番驚いていた。だがチャンスだ。背後から走り寄り、渾身の一撃をナイフで――


――ぐさっ。


倒れるゴブリン。


《経験値 +12》

《ドロップアイテム:骨の短剣(破損)》

《スキル《魔眼(変異種)》が発動しました(効果:対象に軽度の腹痛を与える)》


「……軽度の腹痛て。」


思わず笑った。


最弱だ。地味だ。地味すぎて逆に斬新だ。


でも、それで助かった。


45歳、初めてのスキル発動。効果は便意。でも、命拾い。


それだけで、今日という日は十分だった。



---


帰宅後、録画データを再生。


編集アプリをいじりながら、見よう見まねでテロップを入れる。


《おじさん、魔眼でゴブリンに腹痛与えてみた》


3日後――再生数87回。コメント、3件。


> 「地味だけど笑った」

「続き気になる」

「がんばれ、おじさん!」




……不覚にも、目頭が熱くなった。


派手じゃない。上手くもない。だけど、誰かが俺を“見てくれた”。


「俺にできるのは、こんなことくらいだ。でも……」


梨花の笑顔が見たい。そのためなら――


俺は、明日もまた、あのダンジョンに入る。


たとえ“腹痛”しか武器がなくても。

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