第二話:おじさん、スライムにヌルっとやられる。
午前九時。
東京第三区のダンジョンゲート前に、俺は立っていた。
その姿は――そう、たぶん、間違えて登山に来ちゃった人。
もしくは、「防災訓練の途中で迷い込んだ中年男性」。
周囲を見渡せば、キラキラ装備の若者たち。
ライトセーバー風の剣、ドローンみたいな使い魔、アイドル顔のペア冒険者。
「……場違い感、満点だな」
ホームセンターで買った防刃ベストに、◯mazonでポチった登山ザック。家にあった果物ナイフ。
完全に“山男モード”な俺は、ひとり浮いていた。
思わず自分に問いかける。
「今なら引き返せるぞ? いやマジで」
でも――脳内に再生されるのは、病室の梨花。
細くなった手、閉じたままのまぶた。
そして、たぶん聞こえてないけど「パパ、がんばれ」って言ってる幻聴(やばい)。
「……行くぞ」
腹を括って受付に行くと、無表情な職員が棒読みで言った。
> 「初回は《第一層:安全区》になりますー。配信オフでOKですー。生きて帰ってきてくださいー」
テンションの低さに、逆に不安になるやつ。
脳内モニターにカウントダウンが表示される。
5…4…3…2…1……
──ドンッ。
景色が変わった。
目の前に広がるのは、いかにも“ザ・ダンジョン!”って感じの石壁。
床は湿っぽい土。空気はカビくさい。BGMはなし。静寂すぎる。
「おお……本当に、異世界だ……」
感動する間もなく、胸元のアクションカメラの録画スイッチを入れる。
配信はナシ。恥ずかしすぎる。でも、録画はする。あとで後悔しないように。
数分後。
現れた。モンスター第1号。
青くぷるんとしたゼリー状のやつ――そう、スライム。
どこかで見たことあるような…ゼ◯リー? いや、違う。
でも現実のそれは、やけにヌメヌメしてて、CGと違って生々しい。
オレは震える手で、ナイフを抜いた。
(よし…落ち着け…相手はプルプル…オレならやれる…)
一歩ずつ近づく。気分はスネーク。メタルギア。
──が。
ズルッ。
「ぬおっ!?」
足元のぬかるみに滑って、尻もち。見事な仰向け。
そして飛びかかってくるスライム。
バシャッ。
冷たい粘液が胸元に──「あ、これはダメなやつ!」
「うおおおおお!!」
ナイフを振り回す! 刺す! 刺す! コアを狙え!なんかよく分からんがとにかく刺す!
──ぐちゃっ。
スライム、沈黙。なんか青いゼリー状のものが…服にベッタリ。
モニターに文字が浮かぶ。
> 《経験値 +5》
《ドロップアイテム:スライムの体液(低純度)》×1
「……体液って、響きがもういやらしいんだよな」
ぐったり座り込みながら、俺は思った。
たった1体。でも俺、生きてる。
ちょっとだけ、胸を張りたい。
---
帰宅後、撮った動画をそのままアップしてみた。
編集スキル? ないよ。タイトルも雑にこうした。
> 《おじさん、スライムにヌルっとやられてみた【初心者】【ダサい】》
再生数:12回
チャンネル登録者:0人
でも、コメントが1件だけ来た。
> 「動きクッソ遅いけど、なんか応援したくなった」
なぜか、それだけで泣きそうになった。
誰かが、見てくれた。
誰かが、俺の“はじまり”を見届けてくれた。
「……よし。明日も、行こう」
梨花のために。
そしてちょっとだけ、オレのために
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