第4話 ゴブリン退治

 遠くにいる相手なら、モモコに任せるか。

 

「クニミツは手近なやつを狙って! 私は遠方の敵を撃つ!」


「おう!」


 指示しなくても、モモコにはオレの考えがわかっていたようだ。


 オレは、自分から最も近い個体を狙う。背中から切りかかって、ゴブリンを五体始末する。


 振り返ったゴブリンは、モモコの放った火炎の餌食となった。


 最後尾から、やたら派手なゴブリンが現れる。なんだあれは? 一人だけ世界観がバリ島だぜ。


「メギャ? ヒャハーッ」


「うお!?」


 ゴブリンのヤロウ、火の玉を口から吐き出しやがった。魔法使い、ゴブリンシャーマンってやつか。


 オレがいた場所に火の玉が着弾して、弾け飛ぶ。


「あっぶねえ!」


「任せてクニミツ。チェンジ!」


 オレが前衛を、モモコがシャーマンを相手にする。足が速いモモコの方が、前衛のゴブリンをヤってくれたほうがいいのだが。


 早速、ゴブリンが畑を荒らし始めた。


 端末を開き、使えそうなスキルはないか探す。まだ、ポイントは余っている。


「あったぞ、これだ。【震脚しんきゃく】!」


 震脚というスキルを取り、発動させた。


 オレの範囲一〇メートル以内の敵が、転倒する。その間に距離を詰め、ゴブリンたちを仕留めた。これは囲まれたときにも、使えそうだ。


 モモコの方は、どうなっている?


「闇の炎よ! 邪悪なる手先を焼き払え! 【シャドウブレイズ】!」


 モモコが、黒い【ファイアーボール】を放った。


「色が変えられるのかよ!?」


「これは単なる、スキルのフレーバー。見た目が変わるだけだよ」


 能力やレベルに関係なく、威力も上がるわけじゃない。なんつー、ムダな作り込みだよ。


「ギャギャッハーッ!」


 相手も、口から火炎を吐き出す。モモコの技より大きい。これでは飲み込まれてしまう。


 だが、吸い込まれていったのは、敵の火球だった。黒い火の玉は相手の攻撃を吸収して、ゴブリンシャーマンへと跳ね返っていく。


「ウオー、アッチーッ!?」


 ゴブリンシャーマンが、黒い炎に包まれて絶命した。


「なんだ、今の技は!?」


「【報復】だって。ダークナイト系特有のスキルみたい」


 この世界での【報復】とは、相手の攻撃を跳ね返すスキル群のようだ。

 対して、オレのようなパラディン用の固有スキル郡は、【加護】というものらしい。


「レベルが三に上がったぜ」


「確認した」


「待て。お前、その手はどうした?」


 モモコの腕に、入れ墨のような紺色のラインが肩まで入っている。


「魔法を撃つ時に、浮き出るみたい。身体はなんともないよ」


 それもフレーバーかよ。無事なら、それでいいか。


 オレは、自分の身体も調べてみる。オレにはまったく入れ墨的なパーツはない。しかし、ヨロイではなくプロテクターというのが引っかかった。


「待てよ。オレら、サイバーパンク世界に行きたいって言っていたよな。その名残じゃないのか?」


「雰囲気だけでも、それっぽくしてやったって感じかな?」


「かも知れないな」


 オレたちが話し合っていると、村の長老らしき人が礼を言いにきた。


「ありがとうございます」

 

「お、あ、う」


 途端に、モモコが挙動不審になる。


「どうした?」


「知らない人としゃべれない」


「オレとは、普通に話せるのにか?」


「なんか、アンタとはイヌとかネコを相手にしてるみたいだから」


 褒められているのか、けなされているのか。


 まあ、最初に会ったときもいきなり車に乗り込んできたし。


 仕方ないから、オレが応対する。


「礼には及ばない。畑は荒らされてしまったし」


「家畜が無事なだけでも、十分です。冒険者に依頼をしようと若い衆が出ていったタイミングを狙われました」


 気の毒に。


「お礼がしたいのですが」


「なら、一晩泊めて欲しい。あと、街への道を教えてもらえると助かる。他に、ゴブリンの巣があるなら蹴散らしてくるが」


 そっちは、若い衆が連れてきた冒険者に任せるらしい。あのシャーマンがボスだったらしく、あとはザコだけだそうだ。


「では、お部屋はこちらです。お泊まりください」


 民宿のような一軒家に、通された。時代劇に出てくる「茶屋」と形容したほうが、いいかも?


「待って。ひと部屋しかないんだけど?」


 オレたちが案内されたのは、二人部屋だ。男女分けてくれるわけではないようである。


「これで合っているのか?」


「はい。他の部屋は壊されてしまって」


 随分と長いこと、ゴブリンに襲われていたらしい。


「いっか。ここで」


 モモコはあきらめて、ベッドに腰掛ける。


 食事の用意ができたと、長老が呼びに来た。


「いただきます」


「い。いただき、ます」


 高齢者相手でも、モモコは緊張するのか。


 食堂で、夕飯をごちそうになった。


「のんびりできていいな」


「戦闘やりっぱなしだったもんね」


 メシもうまい。スープやパンなどの簡単なものだが、腹を満たすには十分である。料理チートなどを行う計画もあった。その必要はなさそうだ。


「銃を作れるようになるスキルって?」


 端末で、確認を取る。レベル五になればいいのか。


「もうちょっとかな。待って。生産レベルが必要だって。何か作らないと」

 

 この世界では、戦闘力の他に「生産力」というのがある。建築・農耕・料理・鍛冶・刺繍など、クラフトする能力のことをいう。


「クラフトアイテムは、農作物でもいいって書いてあるな」


「とにかく生産レベルを上げて、『作業台』ってのを作る必要があるみたい。クニミツ、どうしよう?」


 よし。だったら。


 オレは、長老に植物の種と農業道具を分けてもらう。


「自分たちの土地が手に入ったら、畑でも耕すか。食費も浮くだろう」


「銃を使うんだから、街から少し離れた場所で作らないと危険だ」


 試し打ちもしたいし、手の内も明かしたくない。


「そんなに、うまくいくかな?」


「いくとも。世界は、そんなふうにできている」


 根拠はないが、そんな気がする。


「道具が、必要なのですね? では、どうぞ。余り物の旧型です。壊れているかも知れませんが」


「どうもありがとう。十分だ。壊れていたら、自分で直す。心配はない」


「ならば、どうぞ」


 長老から、農具をもらう。


「どうした?」


 さっきから、モモコがオレをじっと見ていた。


「いや、誰とでも話せてうらやましいって」


「営業だったからな。人の選り好みができなかっただけだ」


「いや、そういうんじゃなくてさ」


 思わせぶりな表情を、モモコが見せる。


「一緒に食事をする相手だって、私は初めてでさ」


「お前、マジで暗い人生だったんだな」


 モモコは小さく、うなずいた。


「家には誰もいなくて。ずっと一人で勉強してて。癒やしはゲームだけだったな。それも、こっそり遊んでさ。親にバレたら取り上げられるから」


 オレのガキの頃でも、そういうのはあったのを覚えている。だが、モモコの場合はさらに深刻だったんだろう。


「わたしは成績がいいから、みんな頼ってきて。でも私はしょせん便利屋で、うまくいかなかったら文句を言われた」


 うらめしそうに、モモコがパンを食いちぎる。


「とにかく、逃げたかった。早く大人になりたいなって思ってた。親の言いなりにならなくて済む世界に行きたいなって。一人でも生きていけるって証明したかった」


「生きてるじゃん」


「そうかな?」

 

 自嘲気味に、モモコは笑った。


「お前は、がんばってる」


「どうかな? クワやカマさえ、人から譲ってもらえないのに?」


「適材適所だ。オレも女の子相手にはしゃべれなかったよ」


 コンパなどにも、誘ってもらったことがある。しかし、マトモに話せるようになった頃には、お目当ての子は他の男に取られていた。


「うわー」


「だから、そんなもんだ」


 オレは苦笑いを浮かべる。


「あんたも、私相手なら普通だよね? 女扱いしてない?」


「妹より歳下だからな。お前は」


 我が妹は、幼なじみと先日ゴールインした。我が家の血筋は、妹が引き継いでくれるだろう。


「できないことがあるなら、他の能力で補えばいい。それにオレは、お前が人付き合いが苦手でも、人間自体がキライってわけじゃないってわかった」


「どうして?」


「村を、気にしていたじゃんよ」


 オレは知っている。村を最初に見つけたのは、モモコの方だ。人見知りなのに、人助けは勇気が必要だっただろう。


「お前さんは優しいよ」


 本当に人が嫌いなら、モモコは村を見捨てていたはずだ。オレも、それでいいと思った。オレだけ動けばいいか、と。


「でも、お前は村のためにがんばった。みんな、お前には感謝しているよ」


「……どうだろう」


 パンをゆっくりと咀嚼しながら、モモコはオレから視線をそらす。


「多分、私はこういう話をしたかった。ゴハンを食べながら」


「そうなのか?」


「自分を客観視できる相手が、ほしかったのかな?」


「かもな。お前のいいところを探してやるよ」


「バカ。もう」


 皿を両手で掴んで、モモコはスープを一気に飲み干した。


 風呂までもらって、就寝の時間に。


「おんなじベッドで寝る?」


「バカ。なに考えてんだ?」


「いやさ、実は女神から特典をもらっててさ」


「何を」


「避妊の魔法」


 オークやインキュバスなどの性的にヤバい魔物に捕まった時、妊娠しないように身体を守る術を授かったという。


「JKっつても見た目だけで、二〇〇歳越えてるから。合法合法」


「ふざけんな。早く寝ろ」


 オレはモモコに背を向ける。


「いくじなし」


「うるっせ」


 翌朝、オレたちは若い衆が連れてきた冒険者と入れ違いで、村を出た。


 街のある方角まで歩く。


 一台の豪華な馬車が、魔物の襲撃を受けていた。

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