第4話 カクセイ

男は息を整えつつ静かに立ち上がった。


部屋の中は真っ暗で、目を凝らしても何ひとつ見えない。


この部屋は6畳1間に、小さなキッチンがついた簡素な間取り。


男は土間で靴を脱ぎ、申し訳程度のキッチンへと足を踏み入れる。


闇が部屋の隅々まで広がり、手狭なはずのキッチンすら、その形を感じ取ることはできなかった。


だが、目を使わず動けるほど勝手は知り尽くしていた。




1歩、また1歩。




男は慎重に、しかし迷いなく歩を進める。


やがて6畳間との境にある引き戸の前に立ち、右手で引き手を探る。


指先が冷たい金属に触れた。


ゆっくりと、右から左へ… 


音を立てぬよう、静かに戸を開いていった。




ずずず……




引き戸を最後まで開け放ち、男は真っ暗な6畳間を見渡した。


キッチンと同様、部屋全体は深い闇に包まれており、その様子ははっきりとは見えない。


ただ、正面のベランダの引き戸にかかるカーテンの隙間から、月の光がわずかに差し込んでいた。


それに加え、次第に目が闇に慣れてきたせいか、部屋の輪郭がぼんやりと浮かび上がってくる。




見慣れた風景だ。




左手奥にはテレビが据え付けられており、その隣にはノートPC。


先月購入したばかりの、高級座椅子も定位置に収まっていた。


他の家具もすべて現実のそれと寸分違わず、そこに存在した。


そのありふれた光景を前に、男は思わず訝しんだ。




これは… 本当に夢なのか……?




だが、異変はすぐ目の前にあった。


男は息を呑み、目を見開く。


ほんの2メートル足らず先。


そこには、布団がきちんと敷かれていた。


だがその布団は、真横に盛り上がっている。




何者かが… 




そこに"いる"のだ。





再び、男の全身に緊張が走る。


思わず息が止まる。


全身が強張るのがはっきりとわかった。


布団は寸分も乱れておらず、真横に敷かれてある。寝息は聞こえない。


布団の右端から少しだけ枕が覗いている。


そこに頭があるらしい。


普段、男が寝ている体勢と同じだ。


掛け布団は頭の先まできっちりとかけられており、顔は見えない。




男の胸が高鳴る。




呼吸が浅くなる。




ごくり…。




喉が鳴り、再び背中に冷たい汗が走る。




誰だ…?




誰が、そこに……?




だが、答えはどこにもない。




確かめるしかない。




そう決意すると男は息を殺し、忍び足で布団へと近づいた。


音を立てぬよう、そっと腰を下ろす。


左手を伸ばし、掛け布団の裾を掴む。




そして…


ゆっくりと、音を立てぬよう慎重に布団をめくり始めた。


その瞬間だった。






ドゴンッ!!






爆ぜるような衝撃音が、部屋中に轟いた。




ベランダの戸口からも、


右の壁からも、


左の壁からも、


天井からも、


そして床からも。




ありとあらゆる面が同時に、巨大な何かで叩きつけられたような轟音。




寸分の狂いもなく、完璧なタイミングで鳴り響くその音は、まるで6畳1間のすべてが生きているかのようだった。




ひっ……!




情けない声を漏らした瞬間、男の体はビクンと跳ねるように痙攣し、目を大きく見開いた。




視界に広がっていたのは… 





いつもと変わらぬ、何の変哲もない天井だった。




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