第19話  星を継ぐ意志

 再構成炉の安定稼働が始まったその翌朝、艦内にはかすかな振動と共に、冷たい人工重力の波が満ちていた。

 ユウトはブリッジにいた。操作パネルに指を走らせ、艦の外殻に取り付けられた簡易センサー群の映像を確認する。


 黒く煤けた宇宙が、スクリーンに広がっていた。

 その向こう、瓦礫帯に混じって残る艦の残骸たち──それが今の彼らにとっての希望だった。


「ここにあるはずだ。ドレッド級のエンジンブロック……」


 ユウトは小声で呟きながら、座標を慎重に調整する。

 アカツキの声が通信越しに響いた。


『重力潮流は安定中。ドローン起動の準備が整いました。現在の稼働機体数は、予備機含めて3体』


「それで足りるか……?」


『十分とは言えませんが、選別回収には支障ないと判断します』


「……了解。そっちはイナヅマの安定観測を頼む。少しでも異常があったら、即座に教えてくれ」


『承知しました。彼女の中枢活動は依然低出力ですが、生命維持には問題ありません』


 ブリッジの空間に静寂が降りる。

 ふと、ユウトはポケットに手を差し入れた。

 そこにあるのは、あの日、雷の義体近くから拾った名札。

 煤けた文字。けれど確かに刻まれていた──《Unit No.05 - IKAZUCHI》


「……雷。お前が守った命、ちゃんと未来につなぐよ」


 呟きと共に、彼はドローンの遠隔制御を起動させた。

 艦外へ放たれる三機の小型機体が、光を描いて走り出す。瓦礫帯の彼方へ向け、精密な軌道で進行していく。



 一方、アカツキの義体はメイン整備ブロックの管制室にいた。

 医療ポッドに横たわるイナヅマの義体は、すでに必要な補助回路が接続され、ユグ・アニマのフィードラインとも安定して連結されている。


 アカツキの目に浮かぶのは、かつての記録。

 第六駆逐隊、最終交戦記録。

 雷が、まだ意思を持ったまま炎の中を走り抜けていたあの映像。

 その腕にいたイナヅマ──あの姿を、彼女は忘れられない。


「記録、再生。第六駆逐隊、作戦終了ファイル──コア認証確認」


 データが、静かに再生された。

 熱、衝撃、悲鳴、そして静寂。

 アカツキはただ、それを見つめ続ける。表情の変わらぬ仮設義体の顔。その奥で揺れるものを、自らも制御しきれずにいた。


『……あなたは、守りきったのですね。雷』


 小さな声。誰に向けたわけでもない。けれど、その一言に、確かな想いがこもっていた。



 瓦礫帯に近づいたドローンたちは、1体ずつ自動索敵を開始した。

 ユウトは画面越しに、手動操作と確認を繰り返す。

 細かな金属片や内部機構の名残の中から、エネルギー反応の高い部品を見つけ出しては記録する。


 そして──


「……あった」


 スクリーンの奥。破砕されたドレッド艦の一角に、黒焦げた球状コア。

 重元素反応──間違いない。


「アカツキ、座標を送る。ここから牽引できるように回収ルートを構築してくれ」


『了解。接続パスを生成、補助フレームによる索引開始。最短ルートを提示します』


 画面の中で、ドローンがコアへと近づいていく。

 その影が、小さく揺れた。


 ──不意に、警告灯が鳴った。


『重力偏差検出。軌道上に予測外の浮遊物あり。ユウト、注意を』


「浮遊物……? まさか──」


 画面に映るのは、機械の残骸。しかしそれは──微かに光を帯びていた。


『高エネルギー反応……これは……無人迎撃ユニット。旧連邦軍の自動防衛残滓です』


「こいつが……まだ動いてるのかよ!」


 ドローンに向け、機械の砲身が動いた。

 その瞬間、警告音が一斉に響く。


「アカツキ、回避行動──いや、ドローンに回避命令! 牽引中止、帰還優先だ!」


『命令受理──警告:1機損失。残り2機、緊急離脱を開始』


 スクリーンの中で、小型機体が火花を散らしながら爆ぜた。

 ユウトは歯を食いしばり、残る2機に帰還ルートを与える。


 ──だが、彼の目は、なおもあの反応を追っていた。


「……あの防衛ユニット、あの位置で止まってる……もしかして、残骸の重力障壁で閉じ込められてる?」


『可能性あり。完全な稼働体ではないと推定されます』


「じゃあ──あれを排除できれば、コアも回収できる……」


 その瞬間、背後の扉が開いた。

 そこにいたのは──仮設義体で現れたアカツキだった。


「……アカツキ?」


『補助用義体にて、行動支援に移行します。ユウト、あなた一人では無理をする可能性が高い』


「でもお前、まだ……!」


『問題ありません。稼働時間は限られていますが、必要最低限の支援は可能です』


 そして彼女は静かに告げた。


『あの資源は、彼女を救う鍵となる。それは、雷の願いでもあるはずです』


 ユウトは、言葉を失った。

 思い出すのは、雷が死の間際に残した記録。そして電が目覚めて、口にした最初の言葉。


『……雷さんを、助けてあげて……』


 そうだ。

 これは、誰か一人の想いじゃない。

 受け継がれた意志。そして、繋がり続ける命。


「行こう、アカツキ。絶対に……取り戻すんだ」


『了解──ユウト。行動指針:奪われた星を、取り戻す』


 ふたりは並び立ち、艦外活動用の準備へと向かう。


 その先にあるのは、瓦礫と戦火に沈んだ宇宙。

 だが、そこに希望は残されていた。


 ──星を継ぐ者たちの、意志の先に。

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