第20話 静寂の果て、残響の中で
白い微光を放つ照明の下、ユウトは艦内整備区画で装備の最終チェックを進めていた。
ブリーフケース大の補助電源ユニットを肩に担ぎ、工具ベルトを腰に巻く。
その目には、これから挑む宙域に対する決意と緊張が宿っていた。
艦外活動──それは命を賭す作業だ。
特に今回のような、旧連邦の防衛ユニットが稼働する危険地帯では尚更だった。
「アカツキ、支援リンクは安定してるか?」
『はい。義体からの視覚、聴覚、運動フィードバックすべて安定領域にあります。応急遮蔽フィールドも起動準備完了』
ユウトは深く頷き、ヘルメットのバイザーを下ろす。
その直後、艦内アームによってハッチが開かれ、無音の宇宙へとつながる通路が露わになった。
目指すは──瓦礫帯の中央、旧ドレッド級戦艦のエンジンブロック。
そこには、イナヅマの義体再構成に必要な重元素コイルが眠っている。
そして、その前に立ちはだかるのは、自動迎撃ユニット。
彼らは今、それを突破しなければならない。
*
「……アカツキ、俺の音声、聞こえるか?」
『問題ありません。リンク強度87%。こちらからの補助投影も展開中』
義体として宇宙を渡るアカツキが、ユウトのすぐ後方を進む。
白と黒の軍装型のボディは、遠目にはかつての第六駆逐隊の記録に映る“彼女”そのものに見える。
だが今は戦うためではなく、誰かを救うために在る──そんな静かな強さを、纏っていた。
「重力偏差、微量。防衛ユニットの位置は?」
『依然としてドレッド艦後部区画に静止中。監視レーザーの稼働周期を検出。次の開放フェイズまで、約23秒』
「よし、今のうちに突っ込む。遮蔽を最小限だけ展開、熱源もカット」
ユウトは船外スラスターを操作し、破砕された外殻の隙間へ滑り込むようにして侵入した。
その背後に、アカツキが静かに続く。
瓦礫に満ちた無音の宇宙。
ただ、微細な粒子が金属片とぶつかる音だけが、通信機越しに微かに聞こえる。
*
目標のエンジンブロックは、損傷しつつも原型をとどめていた。
中央部には、赤黒い金属で封じられた球体構造がある。
重元素コイル──通称"インダクタ・オメガ"。通常の装備では取り出せず、特殊な切断装置と磁束圧縮装置が必要だった。
「こいつを抜くのは時間がかかるな……アカツキ、カバーを」
『了解。迎撃ユニットのセンサーに干渉波を投射。監視エリアの周囲にデコイを展開中』
義体のアカツキが、宙に光球のようなノードを複数放つ。
それらがゆるやかな軌道でユニットの視界を遮るように展開し、熱源を擬似的に再現する。
ユウトはその隙に、エンジンブロックの切断を始めた。
金属音が響く。
それは不思議なほど、静かな音だった。
*
しかし、そのときだった。
警報が鳴る。
『──迎撃ユニットが異常加速。反応領域が拡大しています!』
「まずい、こっちの位置を特定されたか!」
ユウトは工具を放り出し、即座にアカツキの背後に退避する。
次の瞬間、彼らの真上を鮮やかなビームが駆け抜けた。
「遮蔽層を! 今すぐ全面展開!」
『展開します──警告:義体のシールド出力が限界近く!』
アカツキは義体を前へと滑らせ、盾のようにユウトを庇った。
白い義体が光を浴び、装甲の一部が弾け飛ぶ。
だが、彼女は崩れなかった。
『ユウト……今です』
「……っ!」
彼は再び工具を手にし、全力でコイルの最終切断を試みる。
──そして。
鋭い火花が舞い、重元素コイルがついに姿を現した。
『エネルギー反応確認。再構成炉適合値、97パーセント』
「よし……! アカツキ、回収プロトコルを!」
『了解、補助アーム展開。転送ライン接続──完了』
ユウトが手にしたコイルは、アカツキの義体経由で艦内へと転送されていく。
しかし、警報は止まない。
迎撃ユニットが、本格的に彼らへ向けて照準を絞り始めていた。
「逃げるぞ!」
『はい──回避軌道、優先ルートを提示します』
二人は燃え盛る残骸と化した宙域を駆け抜ける。
もう一撃、もう一閃、それに被弾すれば助からない。
しかし、ぎりぎりで艦のシールド圏内へと飛び込んだ瞬間──
衝撃が後方で炸裂し、全通信が一瞬ブラックアウトする。
*
静寂。
──そして、再起動。
『こちらアカツキ艦。通信回復、ユウト・アカツキ、帰還確認』
艦内アナウンスが響く。
傷ついた義体のアカツキが、ふらりと膝をつく。
「大丈夫か……!?」
『問題ありません。義体への損傷は中程度、機能保持可能』
ユウトは、無事回収されたコイルを見て深く息を吐いた。
「これで、イナヅマを……救える」
遠く、再構成炉の明かりがまた一段と強く灯る。
彼らは戦った。そして手に入れた。
次の希望を。
──この小さな勝利が、きっと彼らの未来をつないでいく。
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