第20話  静寂の果て、残響の中で

 白い微光を放つ照明の下、ユウトは艦内整備区画で装備の最終チェックを進めていた。

 ブリーフケース大の補助電源ユニットを肩に担ぎ、工具ベルトを腰に巻く。

 その目には、これから挑む宙域に対する決意と緊張が宿っていた。


 艦外活動──それは命を賭す作業だ。

 特に今回のような、旧連邦の防衛ユニットが稼働する危険地帯では尚更だった。


「アカツキ、支援リンクは安定してるか?」


『はい。義体からの視覚、聴覚、運動フィードバックすべて安定領域にあります。応急遮蔽フィールドも起動準備完了』


 ユウトは深く頷き、ヘルメットのバイザーを下ろす。

 その直後、艦内アームによってハッチが開かれ、無音の宇宙へとつながる通路が露わになった。


 目指すは──瓦礫帯の中央、旧ドレッド級戦艦のエンジンブロック。

 そこには、イナヅマの義体再構成に必要な重元素コイルが眠っている。

 そして、その前に立ちはだかるのは、自動迎撃ユニット。


 彼らは今、それを突破しなければならない。



「……アカツキ、俺の音声、聞こえるか?」


『問題ありません。リンク強度87%。こちらからの補助投影も展開中』


 義体として宇宙を渡るアカツキが、ユウトのすぐ後方を進む。

 白と黒の軍装型のボディは、遠目にはかつての第六駆逐隊の記録に映る“彼女”そのものに見える。

 だが今は戦うためではなく、誰かを救うために在る──そんな静かな強さを、纏っていた。


「重力偏差、微量。防衛ユニットの位置は?」


『依然としてドレッド艦後部区画に静止中。監視レーザーの稼働周期を検出。次の開放フェイズまで、約23秒』


「よし、今のうちに突っ込む。遮蔽を最小限だけ展開、熱源もカット」


 ユウトは船外スラスターを操作し、破砕された外殻の隙間へ滑り込むようにして侵入した。

 その背後に、アカツキが静かに続く。


 瓦礫に満ちた無音の宇宙。

 ただ、微細な粒子が金属片とぶつかる音だけが、通信機越しに微かに聞こえる。



 目標のエンジンブロックは、損傷しつつも原型をとどめていた。

 中央部には、赤黒い金属で封じられた球体構造がある。

 重元素コイル──通称"インダクタ・オメガ"。通常の装備では取り出せず、特殊な切断装置と磁束圧縮装置が必要だった。


「こいつを抜くのは時間がかかるな……アカツキ、カバーを」


『了解。迎撃ユニットのセンサーに干渉波を投射。監視エリアの周囲にデコイを展開中』


 義体のアカツキが、宙に光球のようなノードを複数放つ。

 それらがゆるやかな軌道でユニットの視界を遮るように展開し、熱源を擬似的に再現する。


 ユウトはその隙に、エンジンブロックの切断を始めた。


 金属音が響く。

 それは不思議なほど、静かな音だった。



 しかし、そのときだった。

 警報が鳴る。


『──迎撃ユニットが異常加速。反応領域が拡大しています!』


「まずい、こっちの位置を特定されたか!」


 ユウトは工具を放り出し、即座にアカツキの背後に退避する。

 次の瞬間、彼らの真上を鮮やかなビームが駆け抜けた。


「遮蔽層を! 今すぐ全面展開!」


『展開します──警告:義体のシールド出力が限界近く!』


 アカツキは義体を前へと滑らせ、盾のようにユウトを庇った。

 白い義体が光を浴び、装甲の一部が弾け飛ぶ。


 だが、彼女は崩れなかった。


『ユウト……今です』


「……っ!」


 彼は再び工具を手にし、全力でコイルの最終切断を試みる。

 ──そして。


 鋭い火花が舞い、重元素コイルがついに姿を現した。


『エネルギー反応確認。再構成炉適合値、97パーセント』


「よし……! アカツキ、回収プロトコルを!」


『了解、補助アーム展開。転送ライン接続──完了』


 ユウトが手にしたコイルは、アカツキの義体経由で艦内へと転送されていく。


 しかし、警報は止まない。

 迎撃ユニットが、本格的に彼らへ向けて照準を絞り始めていた。


「逃げるぞ!」


『はい──回避軌道、優先ルートを提示します』


 二人は燃え盛る残骸と化した宙域を駆け抜ける。

 もう一撃、もう一閃、それに被弾すれば助からない。


 しかし、ぎりぎりで艦のシールド圏内へと飛び込んだ瞬間──


 衝撃が後方で炸裂し、全通信が一瞬ブラックアウトする。



 静寂。


 ──そして、再起動。


『こちらアカツキ艦。通信回復、ユウト・アカツキ、帰還確認』


 艦内アナウンスが響く。

 傷ついた義体のアカツキが、ふらりと膝をつく。


「大丈夫か……!?」


『問題ありません。義体への損傷は中程度、機能保持可能』


 ユウトは、無事回収されたコイルを見て深く息を吐いた。


「これで、イナヅマを……救える」


 遠く、再構成炉の明かりがまた一段と強く灯る。


 彼らは戦った。そして手に入れた。

 次の希望を。


 ──この小さな勝利が、きっと彼らの未来をつないでいく。

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