第18話 目覚めの祈り
再構成炉──ユグ・アニマの心臓部は、艦内の誰よりも静かに、確かな脈動を刻み続けていた。
再構成フィールドの中心。無数の粒子と微細な機構が幾層にも重なり、一体の少女の姿を形作る。それは、コアドール《イナヅマ》の義体だった。
あの戦場で、雷が命を懸けて守り抜いた彼女。焦げ付き、砕け、意識を閉ざしていた義体は今、再び"生きよう"としている。
ユウトはその場に膝をつき、息を飲んでいた。目の前で進む奇跡のような修復過程に、彼はただ祈るような気持ちで見守ることしかできなかった。
「……まだ、間に合うよな」
指先が震える。その震えを押し殺すように、彼は義体の頭部近くに手を伸ばした。かすかに残る焦げ跡に触れた瞬間、微かな電気反応が指先をかすめる。
『神経接続層、再統合率91パーセント……反応あり。生命兆候検出』
アカツキの声が、いつもよりわずかに柔らかく響いた。
「イナヅマ……!」
彼女の瞳が、わずかに揺れる。まぶたの奥で、記憶の断片が巡っているのかもしれない。それはきっと、雷と過ごした最後の記録。そして、守られたぬくもりの残滓。
ふと、ブリッジの手元端末が警告を告げる。
『中枢エネルギーフローに異常。再構成処理を一時停止します』
「……足りないのか」
ユウトは肩を落とした。再構成炉は、艦内にある素材とエネルギーを限界まで使っている。だが、まだ足りなかった。
アカツキが静かに言葉を重ねる。
『ユウト、提案があります。イナヅマの義体再構成には、より高密度のエネルギー源および素材が必要です』
「知ってる……でも、もう艦内には残ってないんだろ?」
『正確には──艦内にはありません。しかし、艦外の残骸宙域には未回収のドレッド級艦のエンジン片が存在します。そこに使用されていた重元素コイルは、有効な素材となる可能性があります』
「なるほどな。じゃあ、そこまで行くしかないってわけか」
『注意点があります。現在のアカツキ艦では牽引能力が限界に近く、移動後の再帰航行は困難になります』
「でも行かないと、イナヅマは──」
彼は言葉を詰まらせた。その時だった。
『……ユ、ウト……?』
声がした。空気の振動ではない。脳に直接届くような、意識下での微かな共鳴。
再構成フィールドの中、少女がわずかにまぶたを開けていた。そして──ユウトを見つめていた。
「イナヅマ……!」
彼は彼女に駆け寄り、慎重に手を添える。
「大丈夫だ、もうすぐ全部治るから。待ってろ、すぐに資材を集めてくる」
『……はい、でも……お願い、なのですが……慎重に……』
彼女の声はか細かった。だが、その言葉の節々には丁寧な響きが残っていた。
『……アカツキさんを……あまり、無理させないで……ください……』
ユウトは目を見開いた。
「なんで……?」
『……全部、聞こえていた……です。ずっと、守られていて……』
その口調、あの記録映像で雷が必死に守った相手。彼女は──電(イナヅマ)だった。
雷の最後の記録。炎上する艦内を駆け抜け、少女を抱えて最奥区画に運んだ記録。そこで守られていた少女は、間違いなく今、彼の目の前にいる。
そして雷が守った意志は、確かに彼女の中に残っている。
『……雷さんは、今は……?』
「……まだ、目覚めてない。でも、きっと助ける。今度は、俺たちが守る番だ」
アカツキの声が、その静寂を破るように告げた。
『ユウト。次の行動指針を提示します。ユグ・アニマの稼働効率を最大化するため、艦外資材の調達およびドローンの稼働系統の修復が必要です』
「それが終われば……ユグ・アニマが、艦全体を修理できるんだな?」
『はい。さらに、艦に記録されている第六駆逐隊の設計パターンを応用することで、艦隊再編やカスタマイズも理論上は可能です』
「強すぎるな……」
苦笑を漏らしながら、ユウトは背を向けた。
「アカツキ、イナヅマの生命維持は任せる。俺は資材回収の準備に入る」
『了解しました。現在の行動優先順位を第1位に設定──ユウトの支援』
まるで感情があるかのような、柔らかな言葉。彼はそれに頷き、ブリッジへと歩き出す。
道のりは険しい。資材の調達。ドローンの復旧。艦体の修復。雷の再構成──そして艦隊の再編。
だが、その全てに意味がある。なぜならそれは、かつて守られた者たちの意思を継ぐ旅路なのだから。
イナヅマの小さな声が、最後にもう一度だけ届いた。
『……ありがとう、ございます……ユウトさん……』
彼はその言葉に、無言で頷いた。
再構成炉の灯は、なおも強く──彼らの希望を灯し続けていた。
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