3.夢と現


 滲んだインクが広がるように、ぼやけた視界が広がっていく。


 これは夢だろうか。


 ──あなたは、どうして泣いているの?


 鏡の前に泣き崩れる、灰色の髪。白い肌。細い手足に、粗末な服。鏡に両手の拳を当ててこの情景を見ている左目は、薄く灰がかかった水色をしている。長い前髪が右目を守るように隠していた。



 この夢の中のような空間であなたは私だった。あるいは私があなただった。

 

 ──わからない。


 私の意思とは関係なく、身体は動いた。


 いつの間にか手にしていた、見るからにお粗末なナイフを首に当てている。


 (これは記憶だ。この目の見た記憶だ。)


 一人称の視点で勝手に動く身体は、まるでそう言うゲームをプレイしているかのようで、リアルな作り物に思えた。


 やがて鮮血が散り、痛みに歪んだ顔が悲壮に崩れ落ちていく。どこか救われたように、生気が失われた肉体が揺れて、次第に右側に倒れ込んだ。


 頭が地面に付いた。辛うじて開いている左目が、鏡面を見つめている。埃が薄い膜をはり、くぐもった視界の鏡ごしに見えたその顔は、悲哀の中に、一時の救いを見つけたように笑みを浮かべていた。


 やがて視界は、闇にくぐもる。


 私は、あるいはあなたは眼を覚さない。

 私は、あるいはあなたは鏡面に映らない。


 ──あなたは、いったい誰?




 そんな夢と記憶の境界線が曖昧な情景が、ぼんやりと脳内に広がっては消えた。

 

 (今のはいったい……?)


 それは自分の妄想とは明らかに違う、外的な刺激だった。内側の衝動なら自分の意に介さない事は起きないのだから当然である。


 これは、現実だ。



 断言しよう。断言するべきだ、今こそ。

 目を開けたら、そこは異世界だ。

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