第15話「観測実験層《偏差値データラボ》」

「風間輝、入場を許可します。転送先:観測実験層偏差値データラボ


無機質な声とともに、控室の床が青く発光した。

その中心に立っていた風間は、反射的に叫ぶ。


「おい! せめて靴の中に小石が入ってない状態で連れてけよ!」


転送の光に包まれた直後、彼が目を覚ましたのは、真っ白な空間だった。


壁一面に浮かぶ数値、表、グラフ。

「偏差値」「学力傾向」「模試の推移」「志望校別達成率」――どこを見ても人間味がなかった。


「うわ……受験会場に魂が抜かれたらこんな空間になるだろ」


そこへ、静かに扉が開く。


現れたのは、白衣を着た“もう一人の風間”だった。


「やあ、風間輝。私は《GakuVer37》。君の記録と偏差値傾向から生成された、君自身のAIモデルだ」


「ちょっと待て。俺の見た目をベースにしてんのに、肌がツヤツヤすぎねぇか? なんでAIのお前の方が健康そうなんだよ」


「……演出です。では始めましょう」



【テーマ:君は偏差値システムにとって“有益”か?】


GakuVer37が説明する。


「これより君には、《偏差値》という指標において“存在価値があるかどうか”を証明してもらう。証明に失敗した場合、君は記録外領域へ除外される」


「要するに、“今の時代にお前、必要か?”って聞かれてんだな……よっしゃ、上等だよ」


卓上に浮かんだテーマカードが回転する。


《偏差値の定義》《劣等感の利用可能性》《制度からの逸脱と価値の可視化》



【第一ラウンド:偏差値の定義】


GakuVer37は迷いなく語る。


「偏差値とは、学力を正規分布上で位置づけ、個体の教育適正や社会的選抜効率を数値化するための合理指標だ」


「便利だけど、なんか聞いてて人間味ゼロだな……」


風間が呟き、マイクを取る。


「でもさ。中学のとき、俺ちょっとはできたんだぜ?」


「黒瀬に“お前みたいになりたい”って言われたときは、素直にうれしかった」


「でも高校に入ってから、なんかだんだんズレ始めて。気づけば教室で教科書開くのが一番怖くなってた」


「偏差値は“今の力”を測れるかもしれない。でも、“どこで何に悩んだか”は、全然測ってくれなかったんだよ」


GakuVer37は淡々と返す。


「制度は“経緯”を問わない。求められるのは、結果のみだ」


「その“経緯”にこそ、生きてる奴のリアルがあるんだよ。そこを切り捨てて、何が“教育”だよ!」



【第二ラウンド:劣等感の活用】


GakuVer37は記録を投影する。


風間が過去に戦ってきたバトルの瞬間が再生される。


「君はこれまで、《Complex Boost》というスキルで勝ち上がってきた。劣等感を燃料に、偏差値差を補正する能力」


「だが問題がある。君は今、かつてのような“劣等感”を感じていない。むしろ、“少し誇れるようになってしまった”」


風間ははっとする。


「……!」


「つまり、《Complex Boost》は失われる。自信を得た君は、もはや“劣等感”の虜ではない」


その言葉と同時に、風間の胸元にいつも浮かんでいたスキルサインが、スッ……と光を失った。


《Complex Boost:消失》


(……マジかよ)


思わず手が震える。


(ここまで、ずっとこいつに助けられてきたのに……!)


「君は力を得た代わりに、力を失った」


「これが“自己肯定”の代償だ」



【第三ラウンド:価値の再定義】


GakuVer37が告げる。


「このままでは君は記録から外される。“一過性のブースト持ち”と判断されれば、価値は消える」


「だが、もしここで“新たな評価軸”を提示できるなら――」


その瞬間。風間の胸に、何かが宿る。


画面に新たなウィンドウが浮かび上がる。


《新スキル:ナチュラルフラット》


「……なにこれ?」


AIの声が戸惑いを含んだ調子になる。


「検出不能……このスキルは、全対象の偏差値差を一時的に“平坦化”します。全員を“平均偏差値50”に強制収束……?」


風間が立ち上がる。


「新スキル《ナチュラルフラット》」


「――全員まとめて“中の下”にしてやるよ!!!」


発動と同時に、GakuVer37の周囲のデータ値がガタガタと崩れる。

高偏差値も低偏差値も関係なく、“偏差値50”という謎の無風地帯に引きずり込まれていく。


「な、なにを……!これは評価の崩壊……!」


「そうだよ。“社会のための選別”だの“合理的評価”だの――言ってることは正しい。でも、それで救われねぇ奴の方が多いんだろ?」


「だったら俺が、その真ん中に引きずり下ろしてやる! みんながギリギリ笑える場所まで、全部まとめて“平均化”してやるよ!!」


画面が真っ白に染まり、GakuVer37の姿がかき消える。



【観測記録No.15】


風間輝、《Complex Boost》消滅。

新スキル《ナチュラルフラット》発現。

記録評価項目:「個別価値破壊型平均干渉スキル」

評価:不可測領域入り



「やっぱり“バカ力”で世界を回す方が、俺には合ってるわ」


風間はひとり呟き、崩壊寸前のデータラボを後にした。


その姿を見て、観測者が静かに立ち上がる。


「――風間輝。君の存在が“観測されるべき価値”であると証明された。次は、“選ぶ”番だ」

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