第14話「敗者復活戦《偏差値ゾンビナイト》」

「次なるステージは――敗者復活戦偏差値ゾンビナイト


場内がざわついた。風間輝は控室のソファに座りながら顔をしかめる。


「ゾンビって……イヤなネーミングセンスだな」


スクリーンに表示された説明が目に飛び込む。


《敗者復活戦:これまで風間輝に敗北した者たちによる“納得決着戦”》

《勝利条件:彼らの“未練”を納得させること》

《失敗時:対戦相手が記録から削除=完全消滅》


「うわ……これ、戦わなきゃじゃなくて“納得させなきゃ”負けってやつか……」


会場の照明が落ち、青白いライトがステージを照らす。

そして、現れたのは――


南野 大翔

女塚 めぐみ

猿渡 俊

神宮寺 麗


かつて風間が倒してきた、懐かしい面々だった。無言で並ぶ姿はまるでゾンビのよう。だがその眼には、怒りでも憎しみでもなく、“置き去りにされた未練”が宿っていた。


司会AIが告げる。


「風間輝。過去に敗北させた者たちの“納得”を得られなければ、彼らは記録から完全削除されます。あなたに求められるのは、戦いではなく――弁証です」


「……なるほど。俺が勝った“理由”を、改めて自分の口で示せってことか」


風間は、静かに前へ出た。



最初に前に進んできたのは、南野大翔。


テーマ:「努力の意味」


「なぁ風間。お前に“物差しが違う”って言われたあの言葉、今でも納得できねぇ。俺、努力してたんだよ。三角関数ビームの軌道も、拳も、全部全力で磨いてきた」


「けど、教科書で頭殴られて負けたとき、何が正解か分からなくなった」


風間はうなずいた。


「お前の努力は本物だった。けど、あのとき俺も、人生全部かけてたんだ。偏差値37なりの、必死の全力でぶつかってた」


「比べる物差しじゃなくてさ、“どれだけ背伸びしたか”ってのも、努力の一種じゃねぇか?」


南野はしばらく無言だったが、やがてふっと笑った。


「……なるほどな。10の努力でも、100の気合い込めれば当たるときもあるか」



次に進み出たのは、女塚めぐみ。


テーマ:「正しさと感情の矛盾」


「ねぇ風間。私、あのときは絶対に負けないつもりだったの。“論破空間”を展開して、言葉で押し切る。それが私の“正義”だった」


「けど、あんたが“感情”に触れてきたとき、なぜか動揺して……その隙に、あんたの学生証が飛んできて……気がついたら負けてた」


「私の言葉、間違ってたの?」


風間は首を横に振った。


「いや、正しかったよ。あのとき、お前の論理は完璧だった。だからこそ、俺は“感情”でぶつかるしかなかった」


「でも、論理と感情って、敵同士じゃねぇ。“人間”って、両方抱えてんだから。お前の言葉が本当に強くなるのは、きっと“自分の気持ち”を受け入れたときだと思う」


女塚は黙っていたが、ぽつりと呟いた。


「……泣いたの、あんたのせいだからね」


「うん。ごめん」


「でも、ちょっとスッキリした」



続いて出てきたのは、猿渡俊。


テーマ:「答えの出ない世界」


「俺は“正解がある世界”で生きてきた。数式に従って、答えを出す。それが正義だった」


「でもお前は、数式にない答えばっか出してきた。“2+2は魚”とか、“πはパイでしょ”とか……バグかと思ったよ」


「演算が止まったのは、俺の敗北か? それとも……お前の“ノイズ”が強すぎたのか?」


風間はにやっと笑った。


「正直、バグだったかもな。でもな、“完璧なロジック”にノイズが入ると、人って“考え直す”だろ?」


「お前が演算不能になったとき、きっとそれは、“予定調和”じゃない答えに近づいてた瞬間だったんじゃねぇの?」


猿渡は苦笑いした。


「……なるほど。非論理の先に何かあるかもって思うようになったよ。負け惜しみじゃなくてな」



最後に前へ出たのは、神宮寺麗。


テーマ:「自信と肩書き」


「私は、“ミス桜嶺”。“就活模擬面接Sランク”。完璧なスペックで、勝てると思ってた」


「でも、あんたの“自分を誇れるか?”って言葉に、自分が空っぽだったことを突きつけられた」


「風間輝、あんたは――自分を、誇れる?」


風間は少しだけ、息を吐いた。


「誇れるかって言われたら……分かんねぇ。でもな、“恥ずかしくないように生きてぇ”って思ってる」


「偏差値37のバカでも、“自分を誇ろう”とする気持ちがある限り、俺は自分であり続けられるって信じてる」


「お前が“空っぽ”だと感じたのは、たぶん、自分で自分を語る“声”をまだ探してる途中だったからだ」


「だったら、これから一緒に探せばいいじゃん」


神宮寺は静かに笑った。


「……あんた、面接官になれば? 私、ちょっとだけ自己PRのネタができた気がする」



4人との対話を終えた風間は、静かにステージの中央に立った。


観客は拍手も歓声もなく、ただ静かにその姿を見守っていた。

まるで、“記録”そのものが言葉を飲み込んで、沈黙しているように。


控室に戻ると、天井の監視カメラがカチリと音を立てた。


観測者がノートに記す。


観測記録14:風間輝、過去との“納得接続”完了。

記録修復成功。被観測者たちの“記録消去”回避。

次ステージ:《偏差値評価システム中枢領域》へ進行。


「……いよいよ、核心に迫るな」

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