第13話「チームバトル《偏差値タッグマッチ》」

控室の扉が開き、機械的な声が響いた。


「第13試合形式を発表します――タッグバトル。2対2の偏差値連携戦偏差値タッグマッチを開始します」


「来たな……ついにチーム戦か」


椅子に座ったまま、風間輝は伸びをしながらぼやいた。これまでの試合は個人戦。言葉と拳とコンプレックスを武器に戦ってきたが、今度は誰かと“組む”らしい。


「偏差値の高いやつと組んだ方が勝ちだろ、これ。俺、また足引っ張る枠じゃん……」


そんな予感が的中したかのように、控室の扉がもう一つ開く。


「……あっ」


入ってきたのは、風間が一度だけ見たことのある男だった。


猫背、黒縁メガネ、ボサボサ頭。影の薄い、地味で地面に吸い込まれそうな存在感。第1ラウンドで速攻敗退した“モブ”の一人だ。


「あの……おれ、塚原っていいます……通信制高校から推薦で入って……偏差値、32です……」


「うわ、俺より下いたのかよ……」


風間は思わず口にした。塚原はおどおどと視線を下げる。


「すみません……あの、迷惑かけないように頑張ります……でも、チーム戦とか苦手で……」


「お前、自分をバグだと思って生きてない?」


「えっ……あ、すみません……」


「謝るの早すぎ!」


風間は小さく笑った。


「まぁいいや、雑草同士、やるだけやってみようぜ」



ステージに上がると、対戦相手の名前が表示された。


白石 慶(偏差値67・名門理系大)

緒方 紗世(偏差値69・女子医大)


白石は冷静沈着な戦略家タイプ。緒方は表情を崩さず淡々と論理を積み上げるディベートの達人。強敵だった。


「お前ら、雑草同士、せいぜい仲良く散れよ」


白石の言葉に、風間の眉がぴくりと動いた。


「じゃあ聞くが、偏差値高いやつ同士が組んで勝つのって、そんなに面白いか?」


「偏差値タッグマッチってそういう名前だけどよ、“タッグ”の部分がメインだろ?」


風間は塚原に視線を向ける。


「お前、頭悪くていい。自信なくていい。お前が“お前のまま”立っててくれたら、それでいい」


塚原の目が少しだけ見開かれる。


「……俺が“お前を信じる”ってだけで、こいつらにはない連携が一個生まれる。俺たちの連携は、“劣等感の共鳴”だ!」



【第1フェーズ:ディベート形式】


お題:「日本の教育制度に必要なのは、進化か維持か?」


白石が先に口火を切る。


「当然、進化だ。時代に取り残された制度では、生徒の未来を守れない。AI教育、リスキリング、統計素養などを早急に取り入れるべきだ」


緒方が補足する。


「制度の維持は怠慢です。“変わらない”ことが教育の質を下げている。選ばれる人材ではなく、自ら選べる人材を育てるには、変革が必要です」


論理も連携も完璧だった。


対して、風間がマイクを取る。


「……でもさ、進化って“前に進む”ことだけじゃないよな。時々、置いてけぼりを振り返ることも“進化”じゃないのか?」


ざわめく観客。


「進化するたびに、ついていけないやつが増えてんだよ。俺らみたいな、“置き去りのやつ”が」


塚原が恐る恐る続ける。


「ぼ、ぼく……中学の時、学校行けなくて……でも、通信制高校の先生が、“おはよう”ってLINEくれて……それが、俺の教育でした……」


緒方の鋭い声が飛ぶ。


「……で、それは制度にどう貢献したのですか?」


「あなたが立ち直ったこと、それは“成果”ではなく、“例外”です」


白石も冷たく切る。


「個人の物語を制度に持ち込むのは、議論の破綻だ」


塚原の顔から、すっと血の気が引く。


「……すみません……俺なんかが……」


観客がしんと静まり返る。空気が完全に相手側に傾いた――その時。


風間が叫んだ。


「塚原は、“学んだ”んだよ! 教科書には書いてない“立ち上がる方法”を!」


「お前らみたいに要領よく生きられねぇからこそ、知った価値がある!」


「言え、塚原! お前が得た“学び”を、ここで言え!!」


塚原が震えながら顔を上げる。


「……俺は、“言葉ひとつで、人は変われる”ってことを、学びました!!」


《スキル:Complex Boost+共鳴補正 発動》

《塚原との共感度によるブーストが加算されます》


拍手が起きる。場が一気に風間たちへ傾いた。



【第2フェーズ:即応プレゼン】


お題:「もし自分が高校の校長だったら、どんな教育方針を掲げるか?」


白石と緒方は冷静に対応した。


「個別最適化AIによる進捗管理と、自己表現強化カリキュラム。学びの多様性を担保しつつ、脱偏差値化を図るハイブリッド制度を構築します」


洗練された内容に観客がうなずく。


風間と塚原。アイデアはない。だが風間は言う。


「俺が校長だったら、“遅刻してきたやつ”に“おはよう”って言う。“今日来ただけで偉い”って言う。そんな学校にする」


「教師の声の大きさで生徒が潰される学校じゃなくて、生徒の震え声を拾ってやれる学校を作る」


再び拍手。塚原の目が光っていた。



【第3フェーズ:フリー討論&観客投票】


白石と風間が最後に登壇する。


白石は冷静に言う。


「情熱と体験に頼りすぎる主張では、制度を変える力になりません。構造を変えるには、冷静な設計が必要です」


風間は即座に返す。


「構造ってのは、誰かの“思い”が積み重なってできてんだよ。だったら“思い”を無視したら、構造も壊れる!」


「お前らのやってることは“正解の更新”だ。でも俺は、“間違ってるやつの居場所”を作りたいんだよ!」


観客が沸いた。


投票結果が発表される。


風間チーム:57%

白石チーム:43%


勝者――風間&塚原チーム!



試合後。


塚原が泣きながら言った。


「風間さん……ぼ、僕……人生で初めて、“誰かと組んで勝てた”気がします……」


「お前が“存在”してくれたからだよ。それだけで十分、力になった」


風間が微笑む。


控室の天井。監視カメラがカチリと動き、別室に映像が送られていた。


観測者がノートを開き、記す。


観測対象No.37、劣等感を“連帯”に転化。未知の教育指標として進行中。

次ステージ、敗者再接続領域にて動向注視。

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