第12話「即興プレゼン戦《GPAプレゼンテーション》」

「次の試験形式は――即興プレゼンテーションです」


控室に響いたアナウンスに、風間輝は天を仰いだ。


「今度はプレゼンか……前のディスカッションより苦手そうだな……」


第11話の“空気ぶち壊しディスカッション”を終えたばかりだというのに、試練は休む暇をくれない。


モニターに表示された試合概要を、風間は眺める。


《即興プレゼン戦「GPAプレゼンテーション」》

《制限時間:5分》

《お題:大学に行く意味》

《資料・道具の使用禁止》

《観客の共感度・説得力・表現力で評価》

《対戦形式:1対1》


「大学に行く意味、か……うちの大学にそれ、聞いちゃう?」


思わずぼやく風間の脳裏に、自分の通うFラン大学の講義室がよみがえった。誰も前を向いておらず、スマホをいじりながら出席カードを回す光景。


「意味なんて、あったのか?」


そんな疑問が脳裏に浮かぶ。しかし彼にはもう、一つ分かっていることがある。


“意味は与えられるもんじゃなく、自分で作るもんだ”ということだ。


会場に入ると、対戦相手がすでに立っていた。


「どうも。文科省推薦枠・京都学術院 教養科研究課程、佐竹院 零(さたけいん れい)です」


白のスーツに銀縁メガネ、滑らかな所作と抑揚のない声。知識人というより、どこか演劇の役者のような存在感を持つ男だった。


「偏差値は、記録されてません」


「記録されてないって、どういうこと?」


「記録不能。制度外の存在という意味です。……つまり、あなたとは違う枠で選ばれたということ」


そう言うと佐竹院は無表情のまま、壇上へと上がった。



「発表者:佐竹院 零。持ち時間、5分。プレゼンテーションを開始してください」


「ありがとうございます。テーマは“大学に行く意味”ですね」


淡々とした口調で、佐竹院は語り出した。


「大学とは、知の倉庫であり、知性の交差点であり、国家の礎です。古代ギリシャのアカデメイアに端を発し、学問とは人間の尊厳そのものに他なりません」


観客が静まり返る。あまりに理路整然とした演説に、息を呑む者すらいた。


「大学に行く意味とは、単に職を得ることではない。人類が文明を積み重ねてきた“記憶の継承”であり、“思考の再発明”なのです。私たちは知の亡霊と共に生きている」


拍手。どよめき。観客たちの反応は上々だった。


風間は舞台袖で、その姿を見ていた。


(これは……本物だ。格が違う。なんだこの“文化人枠”)


彼は笑いながらも、拳を握りしめる。


「風間輝さん。登壇してください」



壇上に上がった瞬間、風間は一瞬足を止める。観客たちの視線が、佐竹院のときとは明らかに違う。


“本当に大学、行ってるのか?”

“偏差値37の意見に意味はあるのか?”


そんな目が、正面から突き刺さる。


彼は深呼吸をし、口を開いた。


「こんにちは。風間輝、大学生です。偏差値は……37です」


会場がクスクスと笑いに包まれた。


「俺の大学じゃ、出席取るのがサバイバル。教授の顔と名前を覚えるのに2年かかる。単位はガチャ。授業中にチーズナン頼むやつもいた」


また、笑いが起きる。


「でも……そんな大学に、俺は通ってます。通ってんだよ。なんでかって?」


風間は一歩、前に踏み出す。


「“バカでも、なにか掴めるかもしれない”って思ったから」


観客の笑いが、静かになった。


「俺はね、バカだし、家庭も複雑だったし、周りにも見下され続けてきた。でも大学に行って初めて、“バカしかいねぇ世界”に出会えたんだよ」


「大学ってさ、誰かにとっては“上に行く手段”かもしれないけど、俺にとっては“生き延びる場所”だった」


「教科書の言葉より、食堂のノートの落書きの方が、今でも頭に残ってる」


「レポートに書いた“何のために生きてるか”の答えは間違ってたけど、それを“おもしろいね”って言ってくれた教授がいた」


「……それだけで、俺の中で大学は意味を持った」


彼は静かに、最後の言葉を絞り出した。


「大学の意味は、偏差値じゃ測れねぇ。知識の多さでも、論理の正確さでもない。“その時間の中で、自分が何を得たか”――それだけなんじゃねぇの?」


言葉が終わった瞬間、しばらく会場は沈黙した。


そして、誰かが小さく拍手を始めた。それが一人、二人と増えていき、やがて大きな拍手の波になった。



ステージ裏。佐竹院は静かに目を閉じていた。


「……予想以上だったな」


AIの評価モニターが表示される。


【GPAスコア】

佐竹院 零:89(説得力:30/表現力:29/共感度:30)

風間 輝:92(説得力:25/表現力:28/共感度:39)


風間が勝利した。


「風間輝さん、次戦進出です」


観客席のざわめきと拍手を背に、風間は袖に引っ込む。


「はぁ……心臓に悪いわ……」


その肩を、ポンと誰かが叩いた。


「君の言葉、面白かったよ」


振り返ると、さっきの佐竹院がいた。無表情ではあるが、どこか柔らかい声だった。


「偏差値の世界で語れないことを語った。その価値は、私にも測れない」


「測れないなら、いい勝負だったってことで」


そう返す風間に、佐竹院はふっと笑った。


「では、またどこかで」



その夜、風間は控室で一人、ミンティアを舐めながら天井を見上げていた。


(なんか……やっと、自分の言葉で戦えた気がする)


天井の隅にあった監視カメラが、小さくカチリと音を立てて動いた。


その映像は、どこか別の部屋に転送される。


「観測対象No.37、確かに言葉を“持ち始めた”な」


モニター越しに、学歴観測者がノートを開き、記す。


観測記録12:風間輝、自己表現に成功。

学歴以外の“評価軸”、育成中。

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