第11話「集団面接戦《ディスカッション・デスマッチ》」

「それでは――次の試験形式を発表する」


無機質なスピーカー音が控室に響く。室内の空気がピリつく中、風間輝はジャージのポケットに手を突っ込んだまま、天井のスピーカーをにらんだ。


「また来たよ……変化球系」


黒瀬鷹也との死闘から一晩、休戦明け一発目のバトルは、これまでの一対一形式とは趣を変えてきたらしい。控室のモニターに表示されたのは、白く清潔な会議室。そして中央には、4人用の円卓と椅子。天井からは監視カメラと巨大なディスプレイがぶら下がっている。


《課題型ディスカッション・デスマッチ》

《4人1組・即席チームでの課題討論》

《テーマ:「日本の学歴社会は是か非か」》


「お、おう……一番苦手なやつだコレ……」


風間は肩を落とす。身体を張ったり、意地で叫んだりするバトルならまだしも、「考え」を語る場だ。言葉の圧で圧倒される未来が簡単に想像できた。


そこへ、通路の奥から足音が近づく。


「風間くんだよね? よろしく。早乙女理緒、慶南大学経済学部。偏差値は、68」


さらりと自己紹介をしながら歩み寄ってきたのは、就活コートに身を包んだ、華やかだが隙のない雰囲気の女子学生だった。後ろには、真面目そうな眼鏡の青年と、白衣を着崩した長身の男が続く。


「七瀬結人、関東国立大法学部、偏差値71。ディスカッション、得意だといいけど」


「望月一真、西都医大。70あると、色々見下されることもあるけど……今日はよろしくな」


――偏差値、68、71、70。そして風間は、37。


「なんで俺、ここに混ざってるんだろ……」


ぼそりと呟く風間に、早乙女が微笑んだ。


「空気を壊さなければ、大丈夫よ?」


「いや、空気くらいにはなるよ。酸素くらいには」


誰も笑わない。控室の空気は、真空に近かった。



試合室に入ると、真っ白な照明が風間の顔を照らした。会議室然とした空間。中央の円卓には、4つのマイクと、討論用のデジタルタイマー。


「ディスカッション、開始」


AIの無機質な声でタイマーが作動し、バトルが静かに始まった。


七瀬が真っ先に口を開く。


「私は“是”を主張します。学歴社会は、合理的です。大学入試という試験を通じて、公平な基準で選抜された人間を評価する――それは、社会的な信頼を担保するものです」


「同意します」早乙女が続く。「企業側の立場に立てば、何万人という応募者をさばく中で、学歴というフィルターは必要不可欠。学歴がある=努力できた、という保証になるから」


望月もすぐに乗った。


「医学部は、偏差値が高いだけじゃなく入ってからの負荷も凄まじい。そういう場所で生き抜いてきたという“証明”が、学歴だと思ってる」


風間は、静かにそれを聞いていた。


「合理性ってさ、誰にとっての合理なんだろうな」


ふと口を開いた風間に、3人の視線が集中する。


「たとえば偏差値70のやつが、いい家に生まれて、いい環境で育って、毎日12時間勉強して70取りましたって言ったとしてさ」


「偏差値37の俺が、家族の借金抱えてバイト三昧、夜中に1時間だけ勉強して37だったら。それって……“能力差”か?」


七瀬が真顔で応じる。


「だとしても、社会は“結果”で人を見る。事情まで拾っていては、採用なんて成り立たない」


「それが現実。私たちがどう思おうと、社会は学歴でふるいにかけるの」


「お前らさあ……綺麗なこと言ってるけど、それって“社会の側”に立ってるよな?」


風間は少しずつ語気を強める。


「俺が就活で受けた企業で、“高校のときどうしてました?”って聞かれて、“バイトで生活費稼いでました”って言ったら、“ああ、勉強してなかったんだね”って一言で切られた。――それが学歴社会の“真実”だよ」


「貼られたラベルは、そう簡単に剥がれねえ。Fランってだけで“無能”扱いされんだよ」


「じゃあ聞くけどよ、偏差値37の俺の言葉に――お前ら、価値を感じるか?」


しん……と場が静まり返る。


望月が目を伏せ、七瀬が息を吸い込む。


早乙女だけが、少し笑って言った。


「感情論に寄りすぎよ。言いたいことはわかるけど、ビジネスの現場じゃ情じゃなくて成果が求められるの」


「……それが正しいなら、俺は間違ってていいよ」


風間は立ち上がり、円卓に両手をついた。


「偏差値じゃ測れない、しょーもないやつらの“生きてきた証”を、何か一つくらい――残させてくれよ!」



「ディスカッション、終了」


AIの冷徹な宣言が響く。照明が戻り、スコアが表示される。


早乙女理緒:78点

七瀬結人:81点

望月一真:77点

風間輝:98点


風間の項目にはこう書かれていた。


共感力:25

問題提起力:30

空気ぶち壊し:43(最高評価)


「ぶ、ぶち壊し……?」


「今の学歴社会に対する根源的な問いが、最大のスコアになりました」


会場がざわめく。観客たちの中には、うなずく者も、呆れた顔をする者もいた。


司会のガクレキンが爆笑しながら割って入る。


「まさかの逆転満塁ホームラン! 偏差値37、ここにきて空気読まない才能が開花か!? 空気を破壊して、新たな空気を作る――それが風間輝だ!」


風間は伸びをしながら、控室へと戻る通路を歩いていく。


観客席では、一人の女子学生が呟いた。


「……あの人、言ってたこと。ちょっと、刺さったな」



通路の奥、監視モニターの前で一人、黒い学生帽をかぶった青年が画面を見ていた。


「やはりこの男……記録に値する」


学歴観測者の手元のノートに、静かに文字が綴られる。


観測対象No.37、評価上昇中。

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